「大変でござる〜〜〜!」
又かというような、神々一同の呆れ顔など見向きもせず、
私は父上のもとに走った。
「父上、いったいどうしたというのです?」
「オモイカネよ。
エラいことになってしまったぞ〜〜〜!」
私は思わず耳をふさいだ。
なんて大声なのじゃ〜?
私の大声は父上に似たのだ、これは絶対。
私、オモイカネは、いつも大声で高天原を走り回っては、
ある者には眉をしかめられ、
ある者には、けっこうオモロイおっちゃんということで人気もあるのじゃが、
それもこれも仮の姿。
敵を欺くにはまず味方からじゃ。
私は、高天原随一の知恵者、
綿密なはかりごとなしでは動かぬのじゃ。
まして、わが父、この声の大きいおっさんは、
アマテラス様さえ一目置く、最高神タカミムスヒ様なのじゃ。
どうじゃぁ! 参ったかぁ!!
おっとぉ、こんなことを言うてる場合ではなかったな。
「なんですとぉ?
では父上、あなたは我が弟、
スクナヒコを地界へ落っことしたというのですか?
いくら、スクナヒコがちっちゃいからといって、
それはあんまりではないですか!!」
「わかっておる。
だから困り果てて、そちを呼んだのではないか。」
と言われても・・・
いくら知恵者とはいえ、地界に落ちたものをどうやって探せばいいのじゃ?
これにはさすがの私も困り果ててしもうた。
抜本的な解決策も見つからぬまま、数日がすぎ、
私と父のもとに、思わぬ御仁からの使いがやって来た。
使いの主は、
あの乱暴者スサノオ殿と、国神の娘・奇稲田姫(くしいなだひめ)との間に生まれたというオオアナムチ神。
あのときは、高天原中、2人のロマンスの話題に沸いたものだったのぉ…
と、またこんなこと言ってる場合ではないわい。
私がさまざま策をめぐらせているうちに、
オオアナムチ神の使いの男は、私の前に手をついた。
「我が主、オオアナムチ様の使いの者でございます。」
ふ〜む。
私ほどではないが、けっこう目鼻立ちの整ったヤツではないか。
それに、最低限の礼儀は心得ていると見える。
さすれば、オオアナムチ神、父スサノオ殿に勝る器量なのかのぉ…?
「我が主、オオアナムチ様が、
出雲国の五十狭狭(いささ)の小汀(おばま)にて、
お食事をされようとなさっていたときでございました。
海上に突如として人の声がいたします。
なのに、人影は見えない。
訝しく思っておられると、
しばらくして一人の小男が草で舟を作り、
鳥の羽を着物にして、
潮の流れのまにまに浮かんでやってきたのでござます。」
フム、フム。
読めてきたぞ。
そのような小さい男は、我が弟スクナヒコを置いてあるまい。
「我が主、オオアナムチ様は、その小男を拾い上げになり、
しばらく、掌において、もてあそんでおられましたが、
その内、その小男、ぴょんとはねて、
オオアナムチ様の頬に噛みつきました。
なんとも不思議な小男でございます。」
使いの男は、そのときのことを思い出したのか、少し頬を緩めて、
「我が主、オオアナムチ様も、
この小男を不思議と思し召されて、
天神であるタカミムスヒ様に、お伺いを立てようと、
本日、私がまかりこした次第でございます。」
なんとも理路整然とした口上。
やはり、この男の主、オオアナムチ神も只者ではないらしい。
「相分かったぁ〜〜〜!!」
ち、父上〜!
私も、使いの男も、思わず耳をふさいで、一歩退いた。
この父上の大声には、
いつも聞いている私でさえ、慣れることができないのじゃから、
さぞかし使いの男も驚いたとは思うが、
さすがに、貴人への礼を持って、最後は踏ん張り、
のけぞるような無礼な態度には出なかった。
んん…なかなかのものじゃ。
「わしの産んだ子神は、
全部で1500人じゃ。はっはっは!
その中に、1人だけ、
わしの教えに従わぬ非常に悪い子神がおってのぉ。
オオアナムチ殿の頬に噛みついたのは、
きっと、この子神であろう。」
ち、父上〜!
スクナヒコは、確かにちっちゃいですけど、
教えに従わないなんて、それはあんまりではありませんかぁ…!
自分がおっちょこちょいで地界に落っことしておきながら、
よくもまあ、こううまく、辻褄が合わせられたものじゃ。
私も、まだまだじゃのぉ…
「オオアナムチ殿に伝えてくれ。
わしの子神、スクナヒコをかわいがって育ててくれ、とな。」
使いの男は、
耳と頭を押さえて去っていった。
父上は満面の笑顔。
これからの高天原はどうなるんじゃぁ〜!
( 続 く )
今週から、お話は、スサノオの子世代に移ります。 「オオアナムチ神」って誰?とお思いの方も、「大国主命(おおくにぬしのみこと)」又は、「大黒(だいこく)さま」と言ったら、どなたも一度くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか…? 書紀では、「因幡の白兎」などの有名な出雲神話が登場しないので、ちょっと地味なオオアナムチさんですが、これからしばらくは、このオオアナムチさんにお付き合いくださいませ〜m(__)m 今回のお話では、久しぶりにオモイカネ神が登場しておりますが、実は、書紀では、この章でオモイカネ神は登場しないのです。が、彼の父であるタカミムスヒさんが、いきなり登場してきて、ぱいんも、「あれ? この人だれ?」なんて、悩んじゃいました。そこで、お話を分かりやすくするために、久々にオモイカネ神に登場してもらいました。 オモイカネさんに登場してもらうと、お話も明るくなりますし・・・(^^ゞ そうそう、忘れるところでした。このお話に出てくるオオアナムチの使いの男は、ぱいんのオリジナルキャラですので、書紀本文には出てきません〜^^; |
<ぱいんのつぶやき> ついに、スサノオの章が終わっちゃいましたね〜 ため息〜〜〜(-_-) また、気を取り直して、頑張らないと! 今回は、スクナヒコがちょっとかわいいと思いません?(^。^) |
「スクナヒコよ。
私たちの作った国は、
果たしてよくできたといえるだろうか。」
オオアナムチ殿が問うた。
「できているところもあれば、
できていないところもあるよ、正直なところ。」
オレは、ことさら何事もないように、軽い調子で答えたが、
オオアナムチ殿は、かすかに顔をゆがめた。
オレだって知っている。
オオアナムチ殿が、どんな気持ちでこの問をオレに投げかけたのかっていうことを。
この問の持つ深い意味を。
オレは、どうした運命のいたずらからか、オオアナムチ殿のもとにやって来た。
草で作った小船でやって来たオレを、
オオアナムチ殿は、掌の中に救い上げてくれた。
不思議なものでも見るように、掌の中のオレを、じっと眺めた。
この人もそうか…
掌の中にすっぽり入るオレを、異形のものと蔑んでいるのか…
オレは、思い切り高く、ぴょんとはねあがり、
オオアナムチ殿の頬に噛みついた。
掌の中にすっぽり入るほど、小さなオレだもの。
オオアナムチ殿が、ほんの少し力を入れたら、
たちどころに握りつぶされることは分かっていたが、
もうそんなことはどうでもよかった。
オレは、高天原にいたときから、父上のお荷物だったんだ。
「不思議だなぁ…」
オオアナムチ殿は、傍らで控えている男に言った。
「コイツには、限りないオーラを感じるよ。
きっと、何か事情があって、
天界から地界へ降りて来たに違いない。
そなた、天神タカミムスヒ様に、訊ねてくれないか?」と。
男は天界へと使いに立った。
が、オレはもう父上の答えを知っている。
オレは、所詮、余され者なんだ。
やがて、使者となった男が帰ってきた。
「このお方は、天神タカミムスヒ様のお子神で、
スクナヒコ様とおっしゃいます。
天神にとっては、大切なお子神なれど、
どうした運命のいたずらか、地界に降りたのであれば、
どうか、オオアナムチ様に大切に育てて欲しい…
そう、仰せでございました。」
男は言った。
「お前はウソを言っている!
父上がそんなことを言うはずがない!!
オレは、父上のちょっとした不注意で、
天界から落っこちたんだー!
所詮、オレなど、父上には不要の者。
言葉など飾らなくていい。
ありのままに申せばいいのだ!!」
オレは、思うさま、言葉を投げつけた。
投げつけながら、はっきり分かった、オレが余され者だということを。
悲しくて、涙が流れた。
「スクナヒコ、お前はいいなぁ…」
この場にふさわしくないような、
いかにも坊ちゃん坊ちゃんした、のどやかなオオアナムチ殿の声。
「いったいどこがっ!
1500人もいる兄弟姉妹の中で、
ただの一度も父上に顧みられることもなく、
こうして、天から地へと落ちてしまっても、
全く心配もしないどころか、
見ず知らずのあなたに、息子を託してしまう…
そんな無情な父を持った私のどこがいいんですかっ!
あなたなどには分からない。
一杯の愛を受けて育ったに違いないあなたには・・・」
「だが、お前は父を知っている。」
「?」
「私は、父を知らないのだ。
どんなお顔をしておいでだったのかも。
その腕に、抱いていただいたこともない。」
父の顔を知っているだけで、
その名を呼んでもらったことがあるというだけで幸せなのだと、
オオアナムチ殿は言った。
その時、オレは思ったんだ。
このお方となら、共に生きられると。
オオアナムチ殿は、母上、祖父君、祖母君から、
それはそれは大切に育てられ、
これでもか…というほどの愛を注がれて育ってきたお方だ。
母上の愛、祖母君の愛、そんな甘やかな愛の中で、
それでも満たされないものがあったのだろうか…
兄弟姉妹のいない一人児のオオアナムチ殿は、
オレを弟のように愛してくれた。
オオアナムチ殿には使命があった。
この葦原中国(あしはらなかつくに)を平定するという使命が。
俺たちは心を一つにして、天下を治めた。
病に苦しむヒトや家畜のためには、療病の方法を定めた。
鳥獣や昆虫の災異を除くため、まじないはらう方法も定めた。
そして長い長い年月が流れた。
オレたちは、葦原中国(あしはらなかつくに)を平定すべく、夜を惜しんで語り合った。
そして、がむしゃらに働いた・・・
だがもう、オレは逝かなければならないんだ。
このオオアナムチ殿をおいて。
オレたちは、熊野の御崎に着いた。
「はっきり言うよ、オオアナムチ殿。
オレたちの作った国は、まだできてはいない。
でも、あなたならきっとできる、一人でも。」
「また、一人になるのだな。」
オオアナムチ殿は、それでも笑顔を作ろうと、かすかに頬をゆがめた。
「一人じゃないですよ。
あなたは父上とは縁薄かったですけど、
今度はあなたが父となり、妃を愛し、子を愛し、
この葦原中国を平定してください。
私たちが、共になし得なかったことを、
あなたの力で実現してください。」
オレも笑おうとはしたが、
もしかしたらオオアナムチ殿と同様、頬をゆがめただけだったかもしれない。
オレは、ここ熊野の御崎から、常世国(とこよのくに)へと旅立った。
オオアナムチ殿を残して・・・
( 続 く )
この章って、女性が全く出てこない、ホントに地〜味な章ですね・・・^^; 「一書には・・・」で始まる諸説もなくて本文だけなので、 書きやすいことは書きやすいんですけど、大して妄想を膨らませる要素もなくて。 今回のお話は、ほぼ書紀の通りの展開です。 そうそう、物語の最後のところに「常世国」という言葉が出てきます。 書紀には、他に「黄泉国」や「根の国」という言葉も出てきます。 割としっかりと使い分けられているので、ぱいん的には別の国と解釈して物語を進めてます。でも、今回の「常世国」には「逝く」と表現しました。 ぱいん的には、まあ天国みたいなところかなぁ〜なんてノリで書きました。 |
<ぱいんのつぶやき> 華やかなオオアナムチさんの活躍を期待していた方々、 本当にすみません・・・(-_-) 書紀のオオアナムチさんは、こんな地味なお方です。 ぱいんも、ちょい淋しいですぅ〜 |
スクナヒコよ、逝ってしまうのか…
私は、我が弟とも片腕とも頼むスクナヒコと別れた。
ここ、熊野の御崎で。
永久に・・・
スクナヒコは、常世郷(とこよのくに)へと旅立った。
だが、私は歩を止めることはできない。
スクナヒコと共に歩んできた葦原中国(あしはらなかつくに)の平定への道。
これからは私一人で成し遂げるのだ。
私は寝食を惜しんで働いた。
そしてついにその時がやってきた。
「オオアナムチ様、さあ、言揚げをなさいませ!」
私の最も信頼する男が言った。
この男を、スクナヒコのことを訊ねるため、
高天原まで使者に立てたのは、いつのことだったろう…?
スクナヒコが弟であるなら、
私が兄とも頼む、信頼すべき従者。
私は、男にうなずき返すと、
「そもそも葦原中国(あしはらなかつくに)は、
もともと荒れていて広い国である。
磐石や草木にいたるまで、すべて凶暴である。
しかし、この私が、これらを砕き伏せて、
ことごとく従順にしたー!」
私の言揚げに、男もうなずいた。
「今、この国を作ったのは私一人である。
私と一緒にこの天下を作ることの出来るものがいるだろうか!!」
そうだ…私はたった一人で戦ってきたのだ。
「いやいや、それは違うぞ。」
今までの張り詰めていた気持ちがフッと緩むような、
のどやかな声が聞こえてきた。
私は、久しぶりに、本当に久しぶりに、頬を緩めた。
あたりは神々しい光が海を照らし、
やがてその中から忽然と浮かび上がってくる神がいる。
「もし私がいなかったら、
どうしてお前一人でこの国を平定することが出来ただろうか。
私がいたからこそ、
お前はその国を平定するという大功をあげることができたのだ。」
もし、他の者が言ったのなら、
その場で斬り捨ててしまうような物言いだが、
不思議と腹立たしさはない。
心が温かく溶けていくようだ。
「そういうお前は何者だ?」
私は尋ねた。
「私はお前の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)である。」
神はそう告げた。
私は、どんな苦境に立とうとも、国作りの情熱は失わなかった。
たとえ、スクナヒコを失ったときでさえ、
その悲しみを、国作りの情熱に変えることが出来た。
まるで、神霊が宿っているように…
そうか。その神霊こそ、この神だったのだ。
「確かにその通りだ。
確かにお前は私の幸魂奇魂だ!
お前は今、どこに住みたいか?」
私は問うた。
「私は日本国(やまとのくに)の三諸山(みもろのやま)に住みたいと思っている。」
神は答えた。
そこで私は、神宮を三諸に造営して、この神を住まわせた。
さて・・・
これで、私の国作りは成功したのであろうか…?
長い、長い国作りへの道程は、終焉を迎えたのであろうか…?
安堵という言葉とは程遠い、この胸騒ぎは何なのだろう。
(神代 下 「葦原中国の平定」に続く)
皆さまご存知のように、地界でのお話は、ずっと出雲で展開しています。 が、ここで急に、オオアナムチの幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)なる神が登場して、 あろうことか、日本国(やまとのくに)の三諸山(みもろのやま)に住みたい!と言ってます。なぜここでいきなり奈良が登場するのでしょう…? 謎です。(~_~メ) |
<ぱいんのつぶやき> やっと、このお話で「神代 上」終了で〜す! パチパチパチ(^o^)丿 長い間お付き合いいただいてありがとうございました。 最初、書き始めた頃は、神代上が永遠に続くんじゃぁ… なんて思ってました。 次週からはいよいよ「神代 下」です!! これまで以上の声援、よろしくお願いしま〜す(^^) |