…覇者が二人いるのは災いの元。
この葦原中国を統べる者は一人でよい…
まただ。
暗く陰気な声が聞こえる。
*** *** *** ***
「あ、ナガサのおじさんだ!」
兄が駆け寄っていく。
私たち三兄弟は、ときどき海辺の宮からやってくるナガサのおじさんが大好きだ。
ことに、海の幸(海の獲物をよくとる霊能)を授かり、海幸彦とも呼ばれる兄ホノスソリは、海辺の宮に住んでいるナガサのおじさんとは、よく気が合うようだ。
「よく似ておられる…」
ときどき、ナガサのおじさんは、兄を見てうっとりとそう言う。
「ねぇねぇ、ナガサのおじさん、今日はどんなお魚を持ってきてくれたの?
おっきなお魚?」
弟のホアカリも負けずに、まとわりつく。
「母上はおいでかな? ホホデミさま。」
おじさんは、私を抱き上げて頬ずりしながらそう尋ねた。
*** *** *** ***
「どうしてでございまするか、コノハナサクヤ姫さま!
もはや、ニニギさまは、ご臨終の時を迎えようとしているのですぞ。
ニニギさまは、あなた様にお会いになりたがっていらっしゃいます。
もはやこの世での最後の逢瀬になりましょう。
過去のことは水に流して、どうか、宮においでくださいませ。」
私たちは顔を見合わせた。
奥から、いつもの穏やかなおじさんからは想像もできないような大声が聞こえてきたからだ。
「ニニギさまって誰だろう?」
兄が言う。
私も弟も首を振る。
今、死の床に伏しているニニギさまって、もしかしたら…
*** *** *** ***
私たちは、ナガサのおじさんに連れられて、海辺の宮にやってきた。
母上は、私たちが宮をおとなう事を快くは思わなかったみたいだが、
ナガサのおじさんの懇願に、ついに折れたようだった。
宮の奥には、一人の男が、床に伏していた。
病にむしばまれ、痩せさらばえてはいたけれど、その透き通るように白い肌は、
なにか人間ではない者…『神』を連想させた。
「よく似ている・・・」
その人は、ナガサのおじさんのように、兄にではなく、私に向かってそう言った。
「コノハナサクヤ姫にとてもよく似ている」と。
そして、その人の面輪は、兄にそっくりだった。
「私は、そなたたちの父なのだ。」
その人はそう言った。
「でも、でも・・・!
私たちは天の神様の子供だって、
母上がそう言ってたよ!」
弟が言う。
「そう、私こそ、天から降臨した天孫なのだ。
そして、そなたたちは、天孫の子神な・の・・・」
力強く言うつもりが、その言葉は、途中で咳に変わった。
ナガサのおじさんに支えられて半身を起こすと、
その人は、見たこともないような美しい鏡を私たちに手渡した。
「いきなり父だと言ってもにわかには信じられないだろう。
だが、私はもう長くはない。
この世で会うのも、今日が最後だろう。
この鏡は、私の祖母、アマテラス様からいただいた鏡だ。
この地上を統べる覇者の印だ。」
「???」
「ははははは。
そなたたちはまだ子供だ。
今は分からなくともよい。
いずれ大人になるまで、
この鏡を父だと思って大切にして欲しい。」
そう言うと、父は、疲れたように目を閉じた。
「分かったよ、父上。
僕たち三人の宝物にするよ、その鏡!」
兄が勢い込んでそう言う。
*** *** *** ***
…覇者が二人いるのは災いの元。
この葦原中国を統べる者は一人でよい…
暗く陰気な声。
この声を聞いたのは、この日が初めてだった。
( 続 く )
今回は最初から妄想モードです。 今回のお話は書記には全く出てきません〜(;´_`;) でも、どうしてもニニギから、その子へ、鏡が引き継がれるシーンを描きたかったのです。 そしてこの鏡が次回からのお話へのキーワードとなります。 が、次回からはちゃんと展開が書記の通りに戻りますので、どうかご安心を! |
<ぱいんのつぶやき> この章は、原文の通りでも十分ドラマティックなので、 ぱいんがいらんことをする余地はあまりなさそうです… |
「もう許してやったら?
山幸彦の兄さんが困ってたよ。」
私は、しょんぼりと海の方を眺めている兄に声をかけた。
「なあ、ホアカリ。
たとえ人にとってどうであれ、
自分にとって、何にも変えがたいものってあるよな?」
兄が言う。
私は、最近通い初めた、美しい姫の顔がよぎり、ほんの少し顔を赤らめる。
「ほら、おまえだってそうだろう?
オレには分かるぞ!
あの姫のことを考えているんだろう?」
「じゃぁ、兄さんにとって、何よりも大切なものがあの釣針なんだ。」
「そうさ。
オレが海幸彦と呼ばれているのは、
海の獲物を捕る霊能、つまり『幸』を持っているからなんだ。
その『幸』の象徴があの釣り針さ。」
「じゃぁ、なんでその『幸』を交換したりしたんだよ?」
「ホント、バカだよなぁ・・・」
兄が自嘲しながら言う。
「ほんのちょっとした遊びだったんだ。
オレもたまには、山の獲物を捕ってみたかった。
そして、あいつにも、海を見せてやりたかった・・・」
***** ***** ***** *****
そう。
私には秀でた兄が二人いる。
海の獲物を捕るのを得意とする、海幸彦と呼ばれる兄。
そして、山の獲物を獲るのを得意とする、山幸彦と呼ばれる兄。
ある日、兄たちは、ほんのちょっとした遊び心から、
それぞれの『幸(霊能)』の象徴である、
海幸彦の兄が持っている、釣り竿と釣針、
そして、山幸彦の兄が持っている弓矢を取りかえっこしたのだ。
が、『幸(霊能)』は、道具に宿っているわけではなかった。
(道具はやはり象徴に過ぎなかったのだ・・・)
山幸彦の兄は、海で何の獲物も捕れなかったばかりか、
海幸彦の兄が大切にしている釣針まで失ってしまった。
***** ***** ***** *****
「あいつが、素直に謝ってくれさえすればよかったんだ。
なのにあいつは・・・
『新しい釣り針ですよ、兄上。これでよろしいでしょう?』
と、言いやがった。
そうじゃないだろう!?
と、オレが言うと、
今度は、自分の太刀をつぶして、抱えきれないほどの釣針を作って、
『これで文句はないでしょう?』と、すましてやがる。
オレの元の針でなければ、どんなにたくさんくれたってだめなんだ!
なぜそれが分からない?
失ってしまったのなら、謝ればいいんだ!」
「まあまあ。
山幸彦の兄上だって、悪気があったわけじゃぁ・・・」
そう言いながらも、私の耳に、さっきの山幸彦の兄の言葉がよみがえる。
***** ***** ***** *****
大切なもの?
父上からもらった鏡のほかに大切なものなどあるのか?
山幸彦の兄は、そう言った。
( 続 く )
何とか話を書記に戻しました。 が、微妙にニュアンスを変えています。 いよいよ事件が起こりました。 とても小さくて、ささいな出来事です。 でも、この事件をきっかけに仲のよかった三人の関係に、ひびが・・・! |
<ぱいんのつぶやき> 書記の中では、一方的に悪者(というか、わがまま)で、 卑小な人物に描かれている海幸彦ですが、 ちょっと、その辺のニュアンスを変えています。 ぱいんは、海辺で育ったので、海が好きなのですよ〜☆ ↑ 理由になっていない理由! |
私は、海辺に山幸彦の兄の姿を見かけた。
兄は、挑むように海を眺めている。
なんだ・・・
あんなこと言ってたのに、やっぱり兄さんも責任を感じてたんだ。
そうだ!
私もいっしょに、釣針を探してやろう。
釣り針さえ見つかれば、兄さんたちも仲直りできるはずだから。
***** ***** ***** *****
「何か困りごとですかな? 山幸さま。」
私が声をかける前に、一人の男が兄に声をかけた。
「おまえは誰だ?」
兄が言うのが聞こえる。
「私は、シオツツと申すものです。
何かお困りのことがおありになるようですな。」
「ははは。
実は、単細胞でバカな兄の我儘に困っているのだ。」
山幸彦の兄は、これまでの経緯を、その怪しげな男に話している。
「ご心配なさるな。
私が取り計らって進ぜましょう。」
そう言うと、その男は、携えていた袋の中にあった黒櫛をとって、大地に投げつけた。
すると、不思議なことに、黒櫛は、五百箇竹林(いほつたかむら)となった。
私は、出ていくタイミングを失って、男の手品のような手許を見ていた。
驚いている私とは対照的に、兄は、薄笑いを浮かべながら、男を凝視している。
男は、さらにその竹で、目の粗い籠を作って、
「さあ、山幸さま。
この籠の中にお入りなさい。
この籠が、あなたを、海の宮に運んでくれますよ。
海の宮に行けば、
きっと、なくした釣針も見つかるはずです!」
「おもしろい手品だ。」
兄は、さもおかしそうに笑うと、その籠に足を踏み入れようとする。
だめだーーーっ
危ないじゃないかっ
私は、二人の前に走り出た。
「兄さん、やめなよ!」
「ホアカリ、どうした? 声が震えているぞ。」
兄は少し驚いたようだが、いつもの落ち着いた声で言う。
「だって、危ないじゃないか。
そんなおかしな男の言うことなど信じちゃダメだ!」
「どうしてだ? おもしろそうじゃないか。」
「だって、だって、
兄さんは山幸彦じゃないか。
兄さんは、泳げないじゃないか!
そんな籠で海に入ったら、溺れ死んじゃうよぉー」
「それも面白い。
これは、いわば誓約(うけい)だ。
私たちの母上も、
誓約(うけい)をして私たち兄弟を生んだそうじゃないか。
神が、私を生かしたいなら、
きっと私は海の宮に着くだろうよ。」
私は声を失った。
この兄に何を言ってもダメだ。
いつから私たちは、こんなに心が離れてしまったんだろう…?
兄は、シオツツの作った籠に入って、はるか海の宮へと旅立っていった。
( 続 く )
今回も語り手は、ホアカリくんです〜☆ お話の方は、ほぼ書記の通りです。 「目の粗い籠」というくだりは、書記の第一の一書から採っています。ちなみに、本書では「目のない籠」となっています。これには特に意味はないですが、ホアカリくんの「泳げないじゃないか! おぼれるよ。」というセリフを入れたかったので、こっちにしました〜(いい加減ですねぇ…) 山幸くんとシオツツの話に、ホアカリが割ってはいるところは、ぱいんの妄想です。最後の海幸くんのセリフも、もちろん妄想です。書記の山幸くんは、とってもいい人ですから! |
<ぱいんのつぶやき> 今回のお話は、自分自身、かなり楽しんで書いてます。 特に、山幸くんのセリフは、書きながらにまにましているほどです〜☆ ぱいんって、本当はかなりの悪だったのかも! あまりに楽しくて、 家では、「山幸ごっこ」なる遊びをしているんですよ〜(^^ゞ いつも、お話をアップする前にチェックをお願いしている友人は、 ホアカリくんがかわいい!って言ってるんですけど、 皆さんはどう思われます? ぱいんは、悪キャラの山幸くんがけっこうお気に入りです〜 |
「お国へ帰りたいのでしょう?」
私は、夫の背に、小さな声でそう言った。
***** ***** ***** *****
あなたが何を言わなくても私には分かるわ。
だって、私たちは誰よりも強い絆で結ばれた夫婦なのですもの。
3年前、五百箇竹林(いほつたかむら)で編んだ籠に乗って、あなたは、遙か遠く、この海の宮に来られた。
所在なげに、湯津杜(ゆつかつら)の木の木陰に立っていたあなた。
玉のように輝く御殿。
壮麗な楼台。
ここは、父の海神が丹誠込めて作り上げた海の宮。
そして、門の前の井戸、
その井戸の傍らに、湯津杜(ゆつかつら)の木は立っていた。
あの日の記憶は、まるで、一枚の美しい絵のように、私の脳裏に残っているわ。
あなたは、御殿よりも楼台よりも、何よりも美しかった…
一目で貴いお方と分かるその顔(かんばせ)に、
私は、水を汲むはずの玉の椀もそのままに、
父母の神のところに駆け込んだの。
「貴いお客様が門の前の木の下にいらっしゃいます。
とにかく、実に美しい方です。」
そう言って。
父の海神は、あなたを丁重に宮に迎えて、
「なぜ、こんなところへ?」と聞いたわ。
あなたは今までのいきさつを、すべて包み隠さずお話になった。
ひどい目にあったのね。
つらかったでしょう?
実の兄からあんなふうに責められるなんて…
あなたは、兄上の釣針をなくしてしまったけれど、何もわざとじゃなかったのに。
あなたは兄上にすまないと思って、大切な太刀さえ釣針に変えて、兄上に渡したのに。
***** ×**** ***** *****
父の海神は、すぐさま、大小の魚を召し集めてきつく尋ねたわ。
「山幸さまのなくした釣針の行方を知っている者はないか?」って。
「そのことは存じませんが、
ただ赤女がこのごろ口の中の病気のためにやってきません。」
魚たちは口をそろえてそう言った。
父が、赤女を召すと、
赤女の口から、兄上さまの釣針が出てきた。
かわいそうに…
赤女の口に釣針が刺さっていたの。
***** ***** ***** *****
「海神どの。
この釣針は、あなたが預かっていてくれませんか?」
思いがけない山幸さまのお言葉。
「私は、この海の宮でもう少し暮らしていたいのです。」
この山幸さまのお言葉を、私は夢見心地で聞いた。
この人の息づかいをそばで聞いていられるだけで、
同じ宮で暮らせるだけで、私は幸せだと思った。
それ以上何も望まなかったわ。
でもあなたは言ってくれたわね。
「私を妃にしたい」と。
それからの3年間、私は本当に幸せだったの。
だからもういいの、あなたは自由になって…
***** ***** ***** *****
「なぜそんなことを言うのだ、豊玉姫?
私はあなたと巡り会って、本当の愛を知った。
私は、私たち兄弟は、父上から鏡を受け継いでからずっと、
父上の呪縛にかかっていたのだ。
いや、呪縛にかかっていたのは私だけだったかもしれないな。
そんな私をあなたは救ってくれた。
こんなにも美しくて優しいあなたと離れて、
あなたは、私にどこに行けと言うのだ?」
愛する夫、山幸さまはそう言う。
でも、私には分かるわ。
あなたの全身が陸の世界に帰りたいと言っているのが。
あなたを呪縛して離さない鏡があなたを呼んでいるのが。
( 続 く )
今回の語り手は、海神の娘、豊玉姫ちゃんです〜 海の宮に住む海神の娘なんて、なんだか竜宮城のオトヒメさんのようですね! 前回では、変なおじさん・シオツツの導きによって、海の宮に旅立った山幸くん。いきなり、今回のお話は、その3年後に飛んでいます。 なんだか、山幸くんのキャラが変わってますねぇ! 3年間の豊玉姫ちゃんとの愛の生活で、彼の心もほだされたのでしょうか・・・それとも・・・! 挿入されているイラストは、「とぶとりの飛鳥」の白鳳さまから頂きました |
<ぱいんのつぶやき> 海の宮での愛の生活の描写が全然なくてすみません〜〜〜 ホントは、山幸&豊玉のラブラブ生活を描きたかったのですけど・・・ その割には、下手なメロドラマ風になってしまいましたね〜(^^ゞ 今回は、美しい姫の登場で、一息入れて下さいませ! 次回からは、また、お話はスペクタルですよ〜〜〜☆ |
「山幸さまは、この頃しばしばため息なさってお気の毒でございます。
おおかた郷里を懐かしんで悲しまれるのでしょう。」
娘はそう言った。
「あの釣り針は、もう山幸さまに返してあげて。
そして、あの方を陸の世界に帰してあげて下さい。」と。
***** ***** ***** *****
私は、山幸殿を宮に招いた。そして、
「あなたがもし郷里にお帰りになりたいのでしたら、
お送りいたしましょう。」
そう言った。
そして、山幸殿から預かっている釣り針を出して、言った。
「この釣針を兄上にお渡しになるとき、
そっとこの釣針に『貧鉤』(まじち)と言っておあげなさい。」と。
それから、潮満瓊(しおみつたま)、潮涸瓊(しおひるたま)を授け、
「潮満瓊を水の中におつけになれば、
潮がたちまち満ちて参りましょう。
これで兄神をおぼれさせなさい。
もし兄神が後悔して謝られたら、
反対に潮涸瓊を水に漬ければ潮は自然に干上がるでしょうから、
これで助けてやりなさい。
こんなふうにして、責め悩ましてやったら、
兄神も自然、降伏するようになるでしょう。」
と言った。
これは、海の宮に伝わる呪術。
もちろん、海の宮に住む者以外に教えたことはない。
「そんな大切な秘術を私に教えて下さるなんて…!」
山幸殿は絶句した。
「娘の願いです。」
「豊玉姫の?」
「そう、娘は言いました。
釣り針を返しただけでは、
あの、乱暴な兄上さまが、山幸さまを許して下さるわけがない。
兄上さまに勝つために、
どうか、海の宮に伝わる呪術を授けてやって欲しい、と。」
まだ自分の行くべき道を思い悩んでいるのだろう、
下を向いてしまった山幸殿に、私はさらに言葉をつないだ。
「あなたが不思議な巡り合わせによって、
私のところにおいでになりましたことは身に余る光栄でございます。
この喜びは永久に忘れるものではございません。
これからは、遠く隔たってお会いすることもかないませんが、
どうかときどきはこの宮を思い出してくださいまして、
私たちのこと忘れないでくださいませ。」と。
まだ迷っている彼の背を押すように、別れの言葉を紡いだ。
それが、娘の望みであったから。
「豊玉姫がそんなことを・・・」
言葉に詰まる山幸殿。
私は、彼が万感迫る想いからか、言葉が出ないのだと思った。
もしかしたら、泣いているのかと・・・
だが、予想に反して、
次に彼の口から漏れたのは、高らかな哄笑だった。
「はっはっはっは。
海神殿。
私はこの日を待っていたのですよ。
姫があなたに呪術をねだってくれる日を。
私が、確実に、あの兄に勝てる日を!」
今度は私が絶句した。
「なんと!
ではあなたは、この呪術を手に入れるためだけに、
この宮にとどまっていたのか!
この宮を、娘を愛していたのではないのか…!」
「愛?
あなたの娘は絶世の美女。
男なら誰でも、手に入れたいと食指が動く女だ。
ただそれだけのこと。」
私は、目の前が真っ暗になり、
崩れ落ちたい気持ちをかろうじて支えて言った。
「山幸殿。
なぜ今、そんな本心を私にお明かしなさる?
私はこの大海原を統べる王。
私の助けなく、あなたは陸には帰れないのですよ。
私はあなたを、
この海の宮に永久に閉じこめることもできるのですよ。」
「ははははは。
何をくだらないことを、海神殿。
そうだ!
ご報告が遅れました。
我が愛しい妻、豊玉姫が私の子を身ごもりました。
あの女は、
私に快楽を与えてくれるだけではなく、
もう一つ、私に大きな贈り物をしてくれるというわけです。
さすが、海神殿、いや義父上の娘だ。
ははははは。
彼女は信じないでしょうなぁー
いや、もし私の本性を知ってしまったら、
狂乱してしまうかもしれませんねぇ・・・
一途な女ですから。
それでも、義父上は、私の本性を姫に明かしますか?」
「なんということ・・・」
ヘナヘナといすに座り込んだ私に、
「きれい事を言うのはやめましょう、義父上。
あなただって、あの海幸彦の兄が目障りなはずだ。
あの兄は、いつかきっと、
あなたの領分を侵してしまいますよ。
はは・・・
私とあなたは、利害が一致したというわけです。」
山幸彦は、唇をゆがめて笑った。
酷薄に、だが、とても美しく・・・
***** ***** ***** *****
「愛しい我が君さま。
私たちの御子は、
やがてもう生まれる時分でございます。
私は風や波の早い日を選んで、海辺に出て参りましょう。
どうか私のために産屋を作ってお待ちになってください。」
娘の声が聞こえる。
「待ってるよ、姫。
私は、必ずや、あの兄を打ち破って、
陸の覇者となって、
あなたと、あなたの腹に宿っている我が御子に相見えよう!」
力強く言う山幸彦の声も聞こえる。
「父が病を得て、見送りに来れなくてごめんなさい…
いつもは、とても頑強な人なのに。」
「そんなこと気に病むことはない!
義父上にも、よろしく伝えてくれ。」
いけしゃあしゃあと言う山幸彦の声。
まんまと私たち親子をだました山幸彦は、
釣り針と、潮満瓊(しおみつたま)、潮涸瓊(しおひるたま)を持って、
陸の世界へと戻っていった。
( 続 く )
今回の語り手は、豊玉姫のお父上・海神さんです! 今回のお話の後半部分は、完全にぱいんの妄想です〜 書記では、前半までにあるように、 潮を満ちさせたり、引かせたりする不思議な玉、 潮満瓊(しおみつたま)、潮涸瓊(しおひるたま)をもらった山幸くんは、 あんな恐ろしい暴言を吐くことなく、ふつーに陸の世界に帰って行きます。 |
<ぱいんのつぶやき> このお話の最後のところ、 海神さんが、仮病を使って山幸くんの見送りに来なかったところ、 (もちろん、この部分もぱいんの妄想です) 自分で創作しておきながら、 「海神さんのいくじなし〜! 何か一言くらい言ってやらんかい!!」 なんて、いつも突っ込みを入れています(笑) どの世界でも、娘を傷つけたくない親心は同じなのでしょうね… それにしても、海の宮って、 とっても美しくて、平和で、夢のような楽園なのでしょうね〜♪ それに比べて、葦原中国は・・・ |
誰かが私の体を揺さぶっている。
私、また夢を見たのね。
怖い夢・・・
「どうしたの、玉依?
ひどくうなされて・・・
また怖い夢を見たの?」
心配そうなお姉さまの顔。
私は泣きじゃくりながら、お姉さまの胸にしがみついた。
「そうなの、姉さま。
とっても怖い夢・・・
山幸さまが、兄上の海幸さまを攻めているのよ、
潮満瓊(しおみつたま)、潮涸瓊(しおひるたま)を使って。
そして命乞いする兄上さまを、決して許さず、
俳優(わざおき)の民(芸人)として、ご自分に仕えさせるの。」
***** ***** ***** *****
『さあ兄上、
ホアカリは、鏡などどうでもいいそうですよ。
鏡より、あの姫との暮らしの方が大切だと。
ふがいない奴!
いや、なんともかわいらしい弟ではありませんか。
兄上ももういい加減負けを認めてはいかがですか?
いや、それだけじゃ足りないな・・・
そうだ!
子々孫々、私の俳優(わざおき)として仕えていただこうか。』
***** ***** ***** *****
私は夢の中の山幸さまの顔を思いだし、また震えた。
「まあ!
それは、瑞夢ではありませんか。
我が君さまは、兄上さまに勝利するのですね。
あなたは幼き頃より霊感鋭い子。
あなたの予言ははずれたことがありません。
山幸さまは頑張っておられるのね。
私と、そしてこの子のために。」
そっと、大きくなったお腹をなでながら、幸せそうに言うお姉さま。
でも違うの、
私はまだ子供だからうまく言えないけど、何かが違うの・・・
「どうしたの?
こんなに震えて。
何がそんなにあなたを怯えさせているのかしら…?」
「ねぇ、お姉さま。
ご出産は、陸で、山幸さまの元でなさるって本当?
私もご一緒に行ってもいいでしょう?
私、お姉さまのことが心配なの。」
「まあまあ、おチビさん。
あなたのような子供が行ってもしょうがないでしょうに。」
「山幸の義兄さまが、
きっと、いい産婆さまも、いい乳母さまも、見つけておいででしょうけど、
でも、私はお姉さまのそばにいてあげたいの。
だって山幸さまは・・・」
お幸せそうなお姉さまには、言えなかったけど、
夢の中で、山幸さまは、お姉さまなど愛してないって言ってた。
海の宮に伝わる呪術を手に入れるために、愛しているふりをしていただけだって。
「なぁに?
玉依姫、話して。
たとえあなたの夢の中の山幸さまでも、
私はお会いしたいわ。
私はあの方を愛してるんですもの。」
***** ***** ***** *****
お姉さまは、月満ちてご出産の時を迎えた。
私とお姉さまは、風や波の早い日を選んで、海辺に出た。
ここって・・・
私たちが住んでいる海の宮とは全然違う。
なんだか寂しくて、冷たいところだわ。
「豊玉姫、よく来てくれた。
会いたかった、
会いたかった・・・」
山幸彦の義兄さまは、お姉さまに頬ずりしながらそう言う。
「さあ、もう出産の時だ。
産屋の用意はできている。
生まれてくる我が子も愛しいが、
私はあなたの無事だけを祈っているよ。」
初めてのお産への不安と、もう始まっている陣痛の痛みで、
肩で息をするお姉さまに、
「豊玉姫、大丈夫かい?
私も側に付いていようか?」
義兄さまは、そう言った。
「いいえ。
大丈夫です。
女の産など醜いもの。
私には、このおチビさんが付いているから大丈夫よ。」
お姉さまは、私の方をちらっと見て、力強く言った。
***** ***** ***** *****
でも、赤ちゃんはなかなか生まれてきてくれなくて、
お姉さまの苦しみは、もう一昼夜も続いている。
私の手を握り返すお姉さまの手も、もうだんだんと力を失ってきて・・・
「お姉さま、いやです。
死なないで。」
私ったらなんということを。
お姉さまと永遠に別れなければいけないかもしれないという恐怖と、
『死』などという禍々しい言葉を言ってしまったショックで、
私は気もそぞろになる。
と、その時、私は強い力で横に突き飛ばされた。
「姫!
大丈夫だ、私だよ。
さあ、頑張るんだ。
この手をしっかりと握るんだ。」
義兄さまが産屋に飛び込んできた。
そして、私を押しのけて、お姉さまの手を握った。
うつろに目を開いたお姉さまは、
目に義兄さまの姿をとらえるなり、その手に渾身の力を込めた。
オギャァーーーッ
美しくて、ちっちゃな赤ちゃん。
私は、おそるおそる赤ちゃんを抱き上げた。
***** ***** ***** *****
「なんて美しい子だろう。」
義兄さまの声がする。
「さあ、私にも抱かせておくれ。」
でも、私は御子をぎゅっと抱きしめた。
この子を義兄さまに渡してはいけない・・・
なぜだか私はそう思った。
( 海幸彦と山幸彦 完 )
今回の語り手は、豊玉姫の妹の玉依姫ちゃんです。 年齢としては、豊玉ちゃんより10才くらい年下の12才くらいを想定しています。 本当は、海幸くんと山幸くんの対決の場面は、この章のクライマックスとも言うべきシーンなのですが、ドラマティック日本書紀では、玉依ちゃんが夢で見た(たぶん正夢)ものとして、さらりとかわしてしまいました〜(^^ゞ が、玉依ちゃんが霊感鋭い姫だったというのはぱいんの妄想です・・・ あと、今回の物語の最後に誕生する山幸くんの子供ですが、この子は、彦波瀲武??草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)という、長ーい名前の男の子です。あまりに長い名前なので、次回からはウガヤくんという名で登場します。産屋の屋根を葺き終えないうちに生まれてしまった・・・と言うことから、そう名付けられたそうです。 っていうことは、豊玉ちゃんは安産だったってことですね・・・わわわ・・・ドラマティック日本書紀とは、ちょっと違いますねぇ〜(^^ゞ このお話の原文をご存じの方は、豊玉ちゃんの出産の際の、もう一つのエピソードが抜けてるじゃん! と、お思いのことと思います。 そちらは、次回のお話で描きたいと思ってますので〜〜〜☆ |
<ぱいんのつぶやき> 今回で、「海幸彦と山幸彦」のお話は終わりです。 なんだか中途半端な終わり方ですよねぇ〜 次章の「磐余彦の誕生」は、ものすごく短い章です。 なので、次章に少しエピソードを繰り越して、 次章を持って、本当の最終回にしたいと思っております。 いよいよ、次週で、「神代下」も終わりです〜♪ |