祀  り
「もうもう、本当に辛気くさいったら!」

「し、し、辛気くさいぃ〜?
何を言う。謹んで神々を祀ることのどこが悪いんだ?」

「神を祀ることが悪いと言ってるのではありませんわ。
やれ疫病が流行っただの、やれどこぞで謀反が起きただの…
そのたびに名も知れぬ神を持ち出してあちこちに祀るなど、正気の沙汰とは思えませんわ。」

「だが姫。
先年の疫病では、国の半ばを超えようかという死者が出たではないか。残った者さえ、土地を捨てて逃げ出す始末…」

「ですけど、先年の謀反は、はるか僻地の蛮族どもの小競り合いに過ぎませんでしたわね。」

 確かに疫病で命を落とした人たちはかわいそうよ。
だけど、疫病が流行った時に、たまたま蛮族どもの小競り合いがあったのを、謀反だなんだと大騒ぎするのはどうかと思うわ。
おまけにそのたびに神だ神だと…。

「あなたは十分天下を治めることに力を尽くしておられます。
もう少し自信をお持ちなさいませ。みみっちいんだから!」

「みみっちいだとぉー!」

「おいおい、ミマキ姫。
大王に向かってなんという物言いだ。
ミマキイリヒコさま。どうか許してやって下さい。
娘は、あなたのことが心配でならないのです。
また少しお痩せになったのではありませんか?」

「オオヒコ殿か。」

「お父さまも、ミマキイリヒコさまを諫めて下さい。
ミマキイリヒコさまったら、朝早くから夜遅くまで神を祀り、疫病やら謀反やら…大和で起こるすべての疫災を自分一人の肩に背負い込んで、神々に許しを請うているのですわ。
このままでは身体がもちません…」

 私は入ってきた父を見るなりまくし立てた。

「昼間は政務があるのだ。
朝早くか夜遅くでなければ、私は神と向き合う時間がないのだ。
私の身体のことなら大丈夫だ。心配しなくていいから…」

「心配しなくていいですって?
ええ、ええ、そうでしょうね。
神を祀るといいながら、本当はどこでどうしておられるのやら。
オハリ姫が、先年に次いでまた身籠もられたとか。
ホントに全くお盛んなこと。」

 私は思いっきり、あかんべぇをしながら言ってやった。

「これ、ミマキ姫。
夫婦喧嘩もたいがいにせんか! いくつになっても大人気のない。
そなたも身籠もっているではないか。
そのように高ぶっていては、お腹の子に障るぞ。」

 だから、お盛んだと言ってるのよ。
政務をこなして、朝な夕なは神に捧げ、その上、律儀にも妃たちを次々に身籠もらせることが、どれだけミマキイリヒコさまのお体の負担になっていることか。
嫉妬で言ってるんじゃないの。
日々ふくらんでくるこのお腹は、まるで、ミマキイリヒコさまの肉を奪って大きくなっているみたい。

「ときに大王。
実は、不本意ながら悪い知らせです。」

 私が少しおとなしくなったのを見計らって父が切り出した。

「姫たちのことか?」

「アマテラスさまをお祀りしているトヨスキ姫はつつがなく祭祀を行っているようなのですが、オオクニタマ神をお祀りしているヌナキ姫が…」

「え? ヌナキ姫がどうしたの、お父さま?」

 また、いきなり話に割り込んだ私に渋い顔をしながら、父は言った。

「どうしたことか、髪が抜け落ち、身体もやせ細って、このまま祭祀を続けるとお命にも関わろうかと。」

「ヌナキ姫は、身籠もっておられるオハリ姫のご長女ではありませんか。
このことを知ったら、オハリ姫はどんなに気を揉まれることか。」

「そうか…
ヌナキ姫には、母であるオハリ姫の穢れがついているのやもしれないな。
姫は母の元に戻そう。」

「そうですわ。
オオクニタマなどという名も知れぬ神に我が娘を捧げるなど愚の骨頂。
あの美しくて儚げなヌナキ姫には、荒ぶる神を押さえることなど荷が重すぎたのです。
姫には、普通の幸せを得てもらいたい…」

「ははははは・・・
珍しくそのような優しげなことを言うとは、今度の腹の子は姫かもしれぬなぁ。」

「『珍しく』は余計です、お父さま!」

「そうか、そうか、ははははは・・・」

「ミマキ姫の子は、一人目も二人目も男であった。
私も、今度は姫の生む娘が見たいなぁ、ははははは・・・」

父も、そして夫までもが笑った。
気に入らないわ!
私ってそんなに気が強いと思われているのかしら…?
それに、子を身籠もることを『穢れ』というのも気に入らないし。
でもまあいいか。
夫が声を出して笑うなんて珍しいことだもの。
ま、私をダシにして、どんどん笑ってちょーだい。



「亀卜(きぼく)を行った。」

 夫がぽつりと言う。

「また神ですか・・・」

 呆れたように言う私に、

「ヌナキ姫は、オハリ姫の元に帰した。
だが、オオクニタマ神をそのままにはしておけないではないか。
それに、私の世になって、このように立て続けに厄災に見舞われるのはなぜだ?
私の政は善政ではないのか?
私は神に問うたのだ。」

夫は、神のこととなると、それはもう人が変わったように熱っぽく言った。

「で? 神は答えてくれましたの?」

「もちろんだ。
占いにより八百万(やおよろず)の神を集めると、一人の神が叔母のモモソ姫に乗り移ってな。
『そなたはどうして国が治まらないのを心配するのか。
よく私を敬い祀れば、必ず平穏になるはずである。』と言うのだ。」

「で、モモソ姫に乗り移った神さまってどなたなのです?」

「私もまず最初にそれを問うたよ。」

「で?」

「神の名は、大物主神(おおものぬしのかみ)さまだと。」

「え?
大物主神さまといえば、ここ大和の国神(くにつかみ)ではありませんか。
あれほど丁重に祀っている神を、この上どう敬い祀ると?」

「そうなのだ。
あれから、なお多くの供物を献げ、大物主神さまを祀ってはいるのだが、一向に効き目がなく…」

いままでの熱っぽさはどこへやら、だんだんと夫の声は小さくなり、ついには下を向きしょんぼりとしてしまった。

「叔母と甥、そろって夢を見られたのでは?」

私は、日頃の気の強さが、こんなところでも顔を出し、夫を慰めるどころか、思わずそう言ってしまった。
あぁ…自己嫌悪…

「そうか!
ミマキ姫。いいことを言ってくれた。
なるほど、夢か。そうか・・・」

夫の目がまた爛々と輝き始めた。
わっ、嫌な予感…。

「沐浴潔斎するぞ!
神よ。私の献ずるものを享受されないのはどうしたことだ?
願わくば、夢の中でお教え下さって、神さまの愛をお示し下さいー!」

あらら…飛び出して行っちゃった。
まあ、少しは元気になってくれたんだから、まぁいいかぁ…。
( 続   く )
なかなかに悲劇の展開を抜け出せずにいたので、今回は思い切ってコミカルな展開にしてみました。
ミマキイリヒコ(崇神天皇)の即位以来、大和は未曾有のの厄災に見舞われます。決して展開としては明るくないのですが、書紀本文を読んでいて、なにかが起こる度に、神だ神だと、今まで全然知られていなかった神まで持ち出して、厄災のすべてを自身の不徳と考えるミマキイリヒコのあまりの真面目さが、なんとなくコミカルに思えて、今回のお話を考えました。

今後もまた悲劇が待っておりますので、この章は悲劇までの小休止ということで、少しは楽しんでいただければいいなぁ・・・と思います♪




田根子(たねこ)
「おー、田根子(たねこ)さんじゃないか。
やれやれ、先年の疫病は恐ろしかったのー
わしは、長く生きとるが、あんな恐ろしい疫病が流行ったのは初めてじゃ。」

のどかな昼下がり。
わしは、のんびりと田の畔に腰を下ろしている若い男に声をかけた。

「ホントにそうでしたね。
長老も息災でなにより。
お互い、難を逃れて幸いでしたね。」

畔に腰を下ろしていた若い男、田根子さんは立ち上がり、腰についた草を払いながらそう言った。

「田根子さんはともかく、わしのような老いぼれが生き残ったとて…。
若い者たちが次々と命を落としていくのを見るのは辛くてのー
田根子さんのご親族はみな無事だったか?」

「親族といっても、私は独り者ですからね。
母とは早くに死に別れ、父の顔さえ知らなく…。」

「そうだったのー
ところで、田根子さんや。
さっきから、役人たちがあんたのことを探しているぞ。」

「役人が?」

「ほれ。あっちから来る人の群れがそうじゃ。
何かやらかしたのかえ?
なんなら、わしが取りなしてやるが。」

「いや、私には何をやらかした憶えも…」

わしらは、土煙を上げて馬を走らせる一群を見た。

「長老。あれがお役人ですか?」

「はて?
わしが話に聞いた時よりかなり人が多くなっているが…」

一群に見えた人の群れは、どんどん長く続き・・・。

「50…60…70…
100人は超えていますよ、長老。
あれほどの人が私を探しに来たと?
それに、お役人にしては身なりがいやにきらびやかですが…」

「おぉーお、田根子さんやっ」
わしは、年甲斐もなく、奇声を上げてしまった。

「長老。どうされたので?」

「わしは、若い頃、一度だけ大王の行幸を遠くから拝見したことがあるのじゃ。
先代の大王の頃じゃがな。
あの様子は、よもや大王の臨御ではなかろうか?」

「よもや、そんなことが…。」

ついに、群は、わしらの元にやって来、群の中で一番身なりの華やかな男が田根子さんの前で馬を止めた。

「そこにいる者。
そなたの名はなんと申す?」と、訊ねた。

「私は、大田田根子と申しますが…。」

「何ー! 大田田根子だとー!!」

わー、わしにも負けぬ奇声じゃ。
ん? しかし、いったいどうしたというのじゃ?
この男、何をそんなに驚いているのじゃ?
男はさらに問う。

「で、そなたはいったい誰の子だ?
偽らずに、誠のことを述べよ。」

「偽るもなにも…
私の父は大物主(おおものぬし)大神、母は活玉依媛(いくたまよりひめ)と申します。
が、母はとうの昔になくなり、父にもお目にかかった記憶はございません。」

「やはり・・・やはり・・・」
男は、ブツブツとつぶやくと、何を思ったのか、急に、
「おお神よ。私は栄えようとしているのだなぁ。」
と、今度は大声で叫び、馬から下りると膝をつき、天に向かって両手をあげた。

へ?
あかん…
この男、イカれてしもとる。

あっけにとられている田根子さんに、男は早口に告げた。
「私は、大和の大王ミマキイリヒコである。」と。

えーーーー!
確かに諸王、卿、八十諸部を召し連れているからには、もしや大王さまの行幸では…と思いはしたが、ホントにこのイカれた男が大和の大王?
こんなのが大王で大和は大丈夫か〜?

イカれた男は、いや大王さまは、この度の疫病を鎮める方策を天に問うたところ、大物主神(おおものぬしのかみ)の息子である田根子さんが神官となり、父である神を祀るのがよいという夢のお告げを得たと、田根子さんに向かってまくし立てている。

なんかのー
わしも長く生きとるが、にわかには信じられない話じゃ。

「大田田根子よ。私と共に来てくれるな?」
大王は言った。

「大王さまの仰せとあらば。
私には、かの地においていくのが心残り…という親族も妻もおりませんし。」

「そうか、そうか。
諸事は、すべて、私の母方の伯父であるイカガシコオが行う。
そなたは、大物主神を敬い祀ってくれればそれでよい。」

「分かりました。」

田根子さんはそう言うと、今度はわしの方を向いて、

「長老。
母の死以来、孤児になってしまった私を、ずっと見守って下さってありがとうございました。
私は大王と共に参ります。
そして、二度とこの国に厄災が訪れぬよう、日々父である神に祈るつもりです。」と言った。

「田根子さんや、行ってしまうのか。
寂しくなるのー。
身体に気を付けてのー。」

「長老よ。
そなた、地(ち)の者なら、この大和の国神(くにつかみ)であるオオクニタマ神を知っているか?」
ひらりと馬に乗った大王は、振り返りざま、今度はわしに向かってそう問うた。

「もちろんでございます。
地(ち)の者で、オオクニタマさまを知らない者などおろうはずがございません。」

「そうか。
実は、国神(くにつかみ)同士なら大丈夫かと思って、大物主神とオオクニタマ神を共に祀ろうと占いをしたら、それは『吉(よ)からず』と出た。
よって、田根子には大物主神を祀らせ、オオクニタマ神は長尾市(ながおち)に祀らせようと思う。
ほんに、国神(くにつかみ)とは、気むずかしい神よのぉ。」

「神々には、その領域がございますから。」

「そのようなものかな。
だが、これでようやくこの国も平らかになることだろう。」

「わしも、心からそれを願っております。
これ以上若い者が命を落とすさまを見とうはございませんから。」

「そうだな。
では長老。騒がせてすまなかった。
田根子よ、参るぞ!」

大王はそう言うと、田根子さんを連れて、風のように去ってしまった。

その後も、わしは驚くほど長く生きたが、田根子さんが神官になってからは、疫病もなくなり、五穀もすっかり実って、百姓も富み栄えたものじゃった。
( 疫病の流行 完 )
今回は、ちょっと昔話風にまとめてみました。
「・・・だとさ。めでたし、めでたし。」なぁ〜んて。
しかし、なぜ唐突に「大田田根子」なる人物が登場するのか、今もって、ぱいんには謎でございます〜(-_-;)
しかも、現代人の名としても、ありそうなのがなお怖い・・・。
この田根子さんが、大物主神の息子であるということからもお分かりのように、三輪君の始祖となるわけですが。
まあ、それでも、これで疫病も治まったというわけですから、やっぱり、めでたし、めでたし〜!でしょうか。
この章はこれで終わりです〜
次章は、また悲劇となりそうです…いや、どんなふうに描くかは未定ですけど。
また、これからもお付き合いいただければ嬉しいです〜〜〜(^o^)

「埴安彦の乱」に続く


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