少女(おとめ)
「なんですってーっ
お父さま、それは一体どういう事ですの?
ミマキイリヒコさまが、若い女と遊んでいるですってー?」

「だから、そうではないというに。」

「それより、四道将軍として北陸に遣わされたはずのお父さまが、なぜに、ここにおりますの?」

「だから、それは、さっき言ったではないか…」

(・・・溜息・・・)

あかん…。
『若い娘と遊んで…』云々の件しか聞いていないではないか。
この娘に話したこと自体間違いだった…。

我が娘ミマキ姫は、大王ミマキイリヒコさまにぞっこんなのだ。
まあ、夫婦仲がよいのはけっこうなことだが、ミマキイリヒコさまが、狂信的な神さま信奉者なら、娘は狂信的なミマキイリヒコさま信奉者。
どうしてこう狂信的になるものかのぉ〜
一体、誰の血筋じゃぁ〜!
おっと、いかん…。
ミマキイリヒコさまは、私の甥。
まさに、どちらも私の血筋ではないか!

がっくり…。

先年来の疫病が治まったのを契機に、ミマキイリヒコさまは、周辺のまつろわぬ国々の討伐に乗り出された。
すなわち、私オオヒコを北陸に、わが子ヌナカワワケを東海に、吉備津彦を西道に、大王の兄ヒコイマス殿の息子であるミチノヌシを丹波に遣わしたのだった。

『もし教えを受けない者があれば、、ただちに戦を起こして討伐せよ。』

大王の言挙げの中、私たちは、ともに印綬を賜り、四道将軍と呼ばれ、それはそれは華やかに大和を後にした。

ところがだ…。
大和を出てよりいくらもしない、和珥坂(わにさか←奈良県天理市和珥)に至ったとき。
私の前に、ふいに少女が現れ、歌を歌った。
それも、なんとも奇妙な歌を。

  ===御間城入彦はや 己が命を 弑せむと===
  =====窃まく知らに 姫遊するも======

                 ミマキイリヒコよ。
          自分の命を殺そうと、時をうかがっていることを知らずに、
                  若い娘と遊んでいて。


「なんですってー!
若い娘と遊んでいて…って、一体どういうことですのっ?」

「だから、私が言ったのではないと言ってるだろうが。
そのおかしな娘が歌ったのだ。
私は、どうも胸騒ぎがしてなぁ…。
で、とりあえず引き返してきたというわけさ。」

「引き返してきたって…
いったいどういうつもりか、その娘に聞けばよいではありませんか。」

「もちろん聞いたさ。
だが、娘は、
『別に意味はないのです。ただ歌っただけのことです。』
そう言うと、もう一度同じ歌を歌って、歌い終わると、姿がかき消えてしまったのだ。」

「まぁ!
超常現象を主張するのは、ミマキイリヒコさまだけかと思っていたらお父さままで。
そのような話、とうてい信じられません。
お父さまが、ミマキイリヒコさまが若い娘と戯れている現場を垣間見て、これはまずいと思ったミマキイリヒコさまが、うま〜く、お父さまがそう思い込まれるように暗示をかけたんだわ。
ええ、そうですとも!
そうとしか思えません!!」

「おいおい。
私はまだ、そこまでボケてはいないぞ。
ミマキイリヒコさまが、若い娘を召したのなら、それはそれでそなたには話すさ。
そなたは正妃なのだからな。
ミマキイリヒコさまの妃たちを束ねるのも、そなたの大切な役目なのだから。
それにしてもな、姫。
私は、どうも気にかかるのだ。
弑す、などという言葉は、単なる戯れ歌にしても不吉すぎる。」

私が声を潜めると、『若い娘と遊んでいて…』云々にしか反応しなかった娘も、さすがに眉をひそめ、
「そうですわね。
ただごととは思えません。
そうですわ。
大王に奏上なさった上で、叔母さまのモモソ姫にご相談なさってはいかがでしょう。
モモソ姫さまは、霊感豊かなお方。
この歌の謎も解いて下さるのではないでしょうか。」
と言った。

「おお、そうだな。
さっそく大王に奏上して、モモソ姫にも話してみよう。」
( 続    く )
今回は、再び、ミマキ姫と、パパであるオオヒコさんに登場してもらいました。
語り手は、オオヒコさんです。
娘も娘なら甥も甥。
この二人が夫婦になっているのですから、まさに最強ですね〜(笑)
本当は、こんなコメディー風なお話しにすべきところではないのですが、なんとなく、この不思議な少女に出会ったのが、四道将軍のうちのオオヒコさんであったというのが面白くて、こんなお話にしてみました。




妻と夫
「あなた。ねぇ、あなた。」

「どうした、姫。苦しいのか?」

「いいえ。
わたくし、夢を見たのです。」

「ほぉ。どんな夢だい?」

「あなたがこの大和の王となる夢を。」

「姫。そのようなこと・・・
そんな恐ろしいことを口にするものではない。
ほら、薬湯だよ。ぐっすりお休み。」

「恐ろしいこと?
これが恐ろしいことかしら?
大王の血を受け継ぐ者として、王となるのを夢見るのが恐ろしいこと?」

「そうだよ、姫。
現大王はミマキイリヒコ。
次の王は、ミマキイリヒコの正妃ミマキ姫が生んだ皇子が継ぐことは、もうすでに決まっているのだから。」

姫は、いやいやをするように首を振る。
そして激しく咳き込んだ。

私は姫の背をさすりながら、
「姫。昂ぶると身体に悪い。
姫は病なのだ。
なによりも養生することが肝要なのだよ。」
と言った。

「養生などしたとて…。
あなただってご存じでしょう。
わたくしの病が治らないってことは。
わたくしはもうすぐ死ぬわ。
だから、死ぬ前に、あなたの望みを叶えて差し上げたいの。」

「私の望みって…」

「おかくしにならないで。
あなただって王におなりになりたいはずです。
先年、義母上ハニヤス姫さまがお亡くなりになりました。
お淋しいお方…。
祖父と孫ほどの年の開きのあるヒコクニ大王に嫁がれ、あなたを身籠もるとすぐに、大王のご寵愛は、さらに若いイカガシ姫さまに移られた。
ヒコクニ大王亡き後、イカガシ姫さまは、先王オオビさまの正妃となられた。
イカガシ姫さまの子ミマキイリヒコさま即位され、イカガシ姫さまがときめいておられる中、お義母さまは、たったお一人であなたを育てられた。
誰からも顧みられることなく。
わたくしは、お義母さまの、あのお淋しそうな瞳の色が忘れられません…。」

「姫。一体今日はどうしたというのだ。
いつもの姫らしくないではないか。
あまり長く話すと、身体に毒だよ。」

「わたくしは大丈夫です。
いえ、わたくしは、どうせそう長くは生きられません。
あなたはよろしいのですか?
わたくしたちには子はおりません。
しかも、あなたは一人子。
お義母さまが亡くなり、わたくしが儚くなり…
そうすれば、わたくしたちは、誰の記憶に残ることもなく、この大和から消えてしまいます。
わたくしたちが生きたということを、どのくらいの人が記憶にとどめてくれるでしょう…?」

「姫・・・」

「いいえ。負けてもいいのです。
反乱を起こして負けた者としてでもいいから、わたくしたちの生きた証を残したい。
あなただって、本当はそう思っているのでしょう?」

「姫。
母上は、昔語りが好きだった。
母上の祖父君がよく話してくれたそうだ。
母上はいつも言っていたよ。
乱を起こした者の無惨な最期を。
だから、どんなことがあっても、謀反など起こすなと。」

「わたくしも、よくうかがいました。
でも、でも、もうその義母上様もいらっしゃいません…!」

姫は、感極まったように泣き出した。
本当にやるせなさそうに。
しゃくり上げると咳が出て、いったん出た咳は、ようようのことでは止まらない。
あまりの苦しさに、にわかに汗ばむ姫の身体を抱きしめ、長い髪をかきやり背をさする。
どのくらいの時間そうしていただろうか。
アタ姫は、ようやくのこと、寝息をたてはじめた。

抱いていた姫の身体は、このまま消えてしまいそうに痩せていた。

私は、姫にこのようなことを言わせた自分を悔いた。
アタ姫の言うとおりだ。
私は大和の王になりたいのだ。
私は、母上の運命を、ほんの瞬く間、弄び、そして忘れ去っていった大王家が憎い!
思い知らせてやりたいのだ、イカガシ姫の子ミマキイリヒコに。
私という人間がここにいることを!!

敗れてもともと。
アタ姫は言った。
やってみるか、託してみるか、私の運命を。
このまま生きていたところで、私たちには何も残らないのだから。
( 続    く )
この章の主人公ともいえる埴安彦の登場です。
今回は、埴安彦を語り手として、彼の側から物語を展開してみました。
まずは、系図をご覧下さい。
埴安彦の系譜って、とても寂しいとは思いませんか?
そんなところから、この物語を妄想しました。
だって、系譜を見たって、彼が乱に勝利するとは、とても思いませんもの・・・
歴史上、ほんの一瞬(いいえ、もしかしたら一夜だけかも?)の間、大王に愛されて、その子を身籠もった女性は、たくさんいるでしょう。彼女たちは、そして、その子供たちは、どんな思いを抱えて、生涯を送ってのでしょうね?




襲撃
「父上。まことですか!?
ハニヤスヒコ殿が乱を起こしたなどと…。」
私は急き込んで訊ねた。

私は四道将軍として東海に向かう最中、大王の命により急遽大和へと引き返してきたのだった。
そして、大王から、ハニヤスヒコ殿の謀反…などという、とんでもないことを聞かされたのだ。

私は、ハニヤスヒコ殿の穏やかな顔を思い浮かべると、信じられない思いで、
「ハニヤスヒコ殿が謀反などとはとうてい…
大王は、何か思い違いをしておられるのでは?」
再び、父に問うた。

「ヌナカワワケよ。
私だって信じられないのだ。
私が出会った不可思議な少女のことは、大王からうかがったであろう。
たわいない戯れ歌と言えばそれまでだが、私は妙に胸騒ぎがしてな。
引き返して、大王にことの次第を奏上し、妹のモモソ姫に歌の謎解きを願ったのだ。」

「で?」

「モモソ姫はこう言った。
これは、ハニヤスヒコが謀反を起こそうとしている前兆だと。
さらには、ハニヤスヒコの妻のアタ姫が、密かに大和の香山(かぐやま)の土を取り、領巾の端に包んで呪言したのを知っていると。」

「で、私たちが大和に戻ることになったわけですな。」

「モモソ姫は霊感豊かな姫。
姫が、早く対策を講じなければ、きっと後れを取るでしょう…とまで言ったからには、信じられないことだが、ハニヤスヒコ殿は、やはり謀反をたくらんでいるということだろう。」

「それにしても信じられない。
よもや、アタ姫までが・・・」

私は、穏やかなハニヤスヒコ殿と、たおやかなアタ姫殿の顔を交互に思い出し、腕組みをして黙り込んだ。

「大王も同じだよ。
信じ切っていた者に裏切られたのだからな。
その衝撃は大きかったらしい。
しかも、先年来の疫病がようやく治まり、周辺諸国の討伐を言挙げしたばかりだ。
乱を起こしたハニヤスヒコ殿とアタ姫は、捕らえるに及ばず。
即刻殺してしまえとのご命令だ。
今回ばかりは、日頃は頭の上がらないミマキ姫の取りなしも聞き入れないらしい。」

「で、討伐軍の出発はいつ?」

「そう、それがなぁ・・・
そこが、あの方のあの方らしいところだ。
殺せとまで過激なことをおっしゃりながら、いざとなると、軍旗を振り下ろすご決心がつかないらしい。」

「まこと、あの方らしいですなぁ。」

私はそう言いながら、やはりこの謀反はデマなのだと思った。
いや、そう信じたかった。
こうして、大王の決断がつかずに時間を稼いでいる間に、こんなくだらない話はかき消えてくれることを願った。



・・・だが、ハニヤスヒコ殿はやって来た。
反旗を翻して。
ハニヤスヒコ殿は山背から、アタ姫殿は大坂から、それぞれ道を分けて、都を襲撃する算段のようだった。

「いったい、イサセリ彦さまは、どうしてっ。
どうして、アタ姫を殺してしまわれたのだっ!
父上、何かお聞き及びではないですか?
イサセリ彦さまといえば、先の先の大王の弟君。
背も曲がり、白髪の、あのような老人にアタ姫の討伐を任せるということ自体、アタ姫を助けよとの大王の温情ではありませんか。
そのようなこと、お分かりではないイサセリ彦さまではありますまいに。」

私の憤懣はやるかたなかった。
いったんは逆上した大王も、ハニヤスヒコ殿のような方が乱を起こすからには、何か子細があるはず…そう思われたようだ。
いや、直接うかがったわけではないが。
だが、考えてみても、謀反の鎮圧という役目を、イサセリ彦さまのような、すでに長老とも言える老人に任せるなど常軌を逸している。
これは、アタ姫を諫め、なだめ、降伏するようにし向けるのが役目だと察して普通ではないか。
それを・・・

「激するでない、ヌナカワワケよ。
イサセリ彦殿は言っていたぞ。
アタ姫が、殺せと言ったのだと。」

「殺せと言われて、素直に殺すバカが…」

「口を慎め、ヌナカワワケ。
アタ姫は言ったそうだ。
たとえ誰だって、自分が殺した女のことは忘れないでしょうと。
誰からも忘れられたまま生きて、子も残さず、死した後は、その名さえ忘れ去られてしまうのはいやだと。
目に涙をためて、そう言ったそうだ。
どうせ自分は長くないのだとも言ったそうだ。」

「そんな理由で謀反を・・・?」

「アタ姫はな、自分たちが掴んだかもしれない栄光の座に、当然のように座っているミマキイリヒコさまに復讐をしたかったのだよ。
アタ姫を誅したということは、確かに、アタ姫の言うとおり、ミマキイリヒコさまの心に生涯残ることだろうな。
大和の王に謀反したハニヤスヒコの名も、この国の歴史と共に語り継がれていくだろう。」

「・・・・・」

「どうした? 臆したか?
人間とは恐ろしいものだよなぁ。
さて、そのように考え込んでる場合ではないぞ。
反乱軍の本体は、ハニヤスヒコなのだからな。
ハニヤスヒコの方は、私に鎮圧するよう命が下った。」

「え? 父上が?」

「そうだ。
ハニヤスヒコへの同情は同情として、我々は、現大王家を守らねばならぬ。
我が姫は、ミマキイリヒコさまの正妃なのだからな。
ミマキイリヒコさまの後を継ぐのは、ミマキ姫の生んだ皇子だ。
それは、たとえ誰にだって譲るわけにはいかない。
そうだろう、ヌナカワワケ?」

確かにそうだ。
望むと望まざるとに関わらず、私たちは、現大王からは離れられない運命だ。
妹ミマキ姫と、まだ幼い御子たちは、私たちが守ってやらねば。

ハニヤスヒコ殿は、妻が誅されたことを何処で知ったのだろう?
今頃はどんな思いでいることか。
背水の陣で臨んでくるだろうハニヤスヒコ殿との戦いを前に、私は、私の心にあるハニヤスヒコ殿の穏やかな微笑みを、静かに胸からかき消した。
( 続    く )
あっという間に、病のアタ姫は大王軍に誅されてしまいました。
今回の語り手は、オオヒコさんの息子であるヌナカワワケ(長い名前ですね…)です。
それにしても、アタ姫の執念はすさまじいです。
確かに、ちょっと気が弱くて、心優しいミマキイリヒコの心には、アタ姫の名前は、暗い記憶と共に刻まれたことでしょうね。そして、私たちにしたって、この反乱があったからこそ、アタ姫や、埴安彦の名前をこうして耳にすることができたわけです。アタ姫の言ったとおり、彼らは、まさに歴史に名を残したわけですよね〜
が、この反乱のために命を落としたたくさんの人々のことを思えば胸が痛いです…。




殺戮
「オオヒコさま。
大王の仰せとはいえ、私には、ハニヤスヒコ殿が謀反を起こすなど、どうしても信じられないのです。
ハニヤスヒコ殿は、大王家の皇子とはいっても、皇位には遠いお方。
私たちは、幼い頃から、皇子と臣下という身分を越えて友人として付き合ってきたのです。
もし、本当に謀反を起こすつもりなら、私にもなんらかの誘いがあってもいいはず。
わが和珥一族も、豪族として、それなりの軍備を持っているのですから。」

私は、一縷の望みを託して、オオヒコさまに言った。
ハニヤスヒコ殿を、あの寂しい目をした皇子さまを、見殺しになどできるものか。

「で?
もし、誘いがあったら、クニブク殿は、ハニヤスヒコに味方したのか?」

「そ、それは・・・」

穏やかに語りかけるオオヒコさまの言葉に、私は答えに詰まった。

「そうだろう?
謀反など、起こそうとて、簡単に起こせるものではない。
ましてや、いかに友人とはいえ、一族を滅ぼすかもしれない戦に荷担するなど、よほどの勝算がなければできぬこと。
それが分かっているゆえ、そなたを困らせまいと、ハニヤスヒコは、そなたには声をかけなかったのではないか。」

「なんと!
それでは、ハニヤスヒコ殿は、勝算なくして謀反を起こしたとおっしゃるのですか?
なぜ?」

そうさ。
勝算なくして戦など起こすはずがない。
つまりのところ、謀反などというもの自体がなかったのだ。
だが、オオヒコさまは、さらに穏やかに言葉を続ける。

「さて。それは、ハニヤスヒコの胸の中をのぞいて見ねば分からぬこと。
だが、謀反に理由など必要ない。
謀反が起きれば、それを誅することが我々の役目。
大王ミマキイリヒコさまをお守りすることが、我々の祖先が築いてきたこの大和を守ることだとは思わないか?」

「しかし・・・
それは、謀反という事実があって初めて言えること。
謀反自体が作り事であったかもしれないではありませんか!
ともかく、私に、ハニヤスヒコ殿と話をさせてはもらえないでしょうか?」

「ははははは。
一軍を率いて、大和に攻め込むことが謀反ではないと?」

さらに、言葉をつなごうとする私を手で制して、オオヒコさまは、

「そなたの言いたいことは分かっているよ、クニブク殿。
ハニヤスヒコが謀反だなどと、私にだって信じられぬことだ。
それでも謀反が事実なら、なんらかの理由があるはず。
私だってそう思うよ。
だからだ。
だから、私は理由を考えることはやめたのだ。
私だって人間だよ、感情もある。
理由を知って、彼に同情するのが怖いのだ。」

「オオヒコさま・・・」

反論したいのだが、言葉が見つからない。

「いいか、クニブク殿。
謀反は二度と起こってはならぬ。
ハニヤスヒコやアタ姫だけではない。
この戦で、どのくらいの人が傷つき、死んでいくことだろう。
我々の役目は謀反の鎮圧だけではない。
この謀反に荷担したものは、ことごとく、小者に至るまで殺せとの大王のお達しだ。
しかも、戦は、惨たらしければ惨たらしいほどいいと。
こののち、誰も、謀反などという暴挙に及ぶ者がいなくなるほどにな。」

「あのミマキイリヒコさまが、そのようなことを…」

「そうだ、あの方は、日頃はウダウダと言っているが、真の意味での王者だ。
だから、私も大切な娘を、あの方に託したのだ。
だがな。
だからといって、あの方が傷ついていないなどとは、思ってくれるなよ。
王という殻を脱ぎ捨てた、あの方自身は、一人の心優しい青年だ。
不遇な叔父が起こした不幸な謀反で流される血と、同じくらいの血を、心の中では流していることだろうよ。」

「王とは、つらいものですね…
ハニヤスヒコ殿は、なぜそのようなものになりたかったのか…!」

力なく呟く私に、オオヒコ殿は姿勢を正し言った。

「クニブクよ。
私は、討伐軍の将として、副将であるそなたに、以後、ハニヤスヒコへの思いを禁ずる。
ハニヤスヒコの謀反は、大王家のみに向けてのものではない。
そなたたち豪族を含め、我々の祖先が血と汗の元に作り上げた大和王権自体への挑戦だ。
このような謀反が二度と起きないよう、反乱軍を誅殺するのだ!」

そこまで言うと、オオヒコ殿は表情をゆるめ、

「それに、すでにアタ姫も誅された。
今になって、たとえそなたが何を言ったところで、ハニヤスヒコが、謀反を中止することなどないさ。
反乱軍の将として最期を迎えるのがハニヤスヒコの望みなら、それをかなえてやるのも友人だろう?
もう、戦は始まってしまったのだから。」

なぜだ? なぜだ? ハニヤスヒコ殿。
反乱軍の将など、あなたには一番似つかわしくないではないか。
いや、オオヒコさまの言うとおりだ。
ハニヤスヒコ殿の心に思いを馳せたとて、私に何が分かる?
私はハニヤスヒコ殿ではないのだから。

私は、和珥一族を率いるものとして、選ばねばならぬ。
ハニヤスヒコ殿率いる反乱軍か、ミマキイリヒコさま率いる大王軍か。
答えは決まっている。
勝算の立たないハニヤスヒコ殿に、我が一族を殉じさせることなど出来ない。

私も、オオヒコさま同様、ハニヤスヒコ殿への同情を、自分自身に禁じた。
私は、討伐軍の副将として、ハニヤスヒコ率いる反乱軍を誅するのだ!



私たちは、ついに、木津川を挟んで、ハニヤスヒコ軍と対峙した。

「どうして、お前がやってきたのだ?」
ハニヤスヒコ殿は、川向こうから、不思議そうに、そして、いつもの寂しそうな目で言った。

「お前は、天に逆らって、勝手な振る舞いをし、朝廷を傾けようとしている。
だから、正義の兵を起こして、お前の反逆を討伐しようとしているのだ。
これは、大王ミマキイリヒコさまの命令である。」
私は言った。

「そうか。お前が来たか。
アタ姫は、我が妻は、すでに大坂で殺されたのだな。」

「そうだ。
姫は誅された。
その遺体は、五体を引き裂かれ、見せしめのために晒されている。
墓に葬られ、土に返るのも許されないのが、謀反を起こした者の定めだ。」

瞬間、目を閉じたハニヤスヒコ殿は、カッと目を開けると、

「反乱軍の哀れな末路といいたいのだろうが、私は負けぬぞ。
五体を引き裂かれ晒されるのは、私ではない、ミマキイリヒコだ!
さあ!
どちらから射る?
私から射ろうか? それとも、お前から射るか?」

弓を構えながらそう言った。

「天に逆らった者の矢が、私に届くものか!
お前から射るがいい。」
私はそう言った。

ハニヤスヒコ殿が弓を構え、矢の先を私に向けた。
そして、矢は放たれた。
が、矢は私には当たらず、遠く逸れていった。

「わざとはずしたのではあるまいな?」

「なぜ、私がわざとはずす?
つまらないことを言わず、今度は、お前がさっさと射れ!
そして、私が死んだら、この乱は終わりだ。
心ならずも、私に従わざるを得なかった者たちの命は助けてやって欲しい。」

「そのようなことは約束できぬ。
お前の言い分が正しければ、この矢はお前には当たらぬだろうよ。」

私は、そう言うと、思いっきり弓を引き、ハニヤスヒコ殿めがけて矢を放った。
矢はまっすぐに、ハニヤスヒコ殿めがけて飛んでいき、その胸に深々と刺さった。
ハニヤスヒコ殿は、声もなく倒れた。
そして、一言の言葉も残さず、息絶えた。



だが、戦がこれで終わったわけではない。
戦が、本当に惨たらしいのは、これからだ。
負けた者は逃げる。
勝った者は追いかける。
そして、反乱軍とみるや、嬲り殺す。
ましてや、この度は、小者まで皆殺しにせよとの大王のお墨付きまであるのだ。
戦場は、阿鼻叫喚の地獄と化した。

地は、首を切り落とされた兵士の屍で埋め尽くされた。
反乱軍の兵士たちは、戦意を失い、鎧を脱いで逃げる。
それでも逃げ切れないと悟った者は、頭を地につけて、討伐軍を「我君(あぎ)」と呼んだ。
そうして命乞いした。
が、そのような者にまで、容赦なく剣は振り下ろされる。
まるで、楽しむように。

私は目を閉じた。
そして、暫くして目を開けると、隣のオオヒコさまを見た。
オオヒコさまは、目を閉じることなく、この地獄を見つめている。
それが自分に課せられた役目だというように。
私も、目を閉じることは許されぬ、目を逸らすことも。
私たちは、もう言葉を交わすこともなく、地獄が繰り広げられるさまを見つめ続けた。

あまりに凄惨な光景に、兵士たちは袴より糞をもらし、後に、糞が落ちたところを、人々は、糞袴(くそばかま←現在の大阪府枚方市楠葉<くずは>はこれが訛ったもの)と呼んだそうだ。
( 埴安彦の乱 完 )
すみません…最期のシーン、入れようかどうしようか悩んだんですけど、結局、書紀に記載の通り入れちゃいました。樟葉(くずは)の住民の皆さま、ごめんなさいー(>_<) それにしても、地名の由来が糞袴(くそばかま)から来ているなんて、あんまりですね…!

さて、今回の語り手は、討伐軍の副将であり、和珥氏一族を率いるクニブク君です。もちろん、クニブク君が、埴安彦と友人であった…などという部分は、ぱいんの妄想です〜

それにしても、王たるゆえに惨い命令を下さなければいけないミマキイリヒコと、そんな王たる者になりたかった埴安彦。現在でも、「他人の芝生は青い」なんていう諺がありますけど、人間って、結局自分の人生しか歩めないし、自分以外の人の人生や想いなんて、絶対に分からないですもんね…。

どっちが正しくて、どっちが間違っているなんて、一概には言えませんけど、またまた大和に多くの血が流されたことは事実です。悲しいです〜(>_<)

「モモソ姫の結婚」に続く


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