「ある夜、一人の盗賊が、元は豪邸だったと思われる廃屋の廊下を歩いておりました……
しばらくして、盗賊は微かな物音に気が付きます。
ヒタ、ヒタという足音、ポタ…という、水か何かが床に落ちる音、そして、ズズー、と何かを引き摺るような音……。
しかも、その物音達は自分のほうに近付いてくるではありませんか。
盗賊は咄嗟に近くの扉を開け、部屋の中へ隠れました……」
大王の部屋の中から、わざと低くつくったカマミワケの声が聞こえてくる。
ああ、今日もやってるなと舎人Aは苦笑した。
最近、ナカツヒコ大王は怪談話にはまっている。
それで、カマミワケは連日のように何処かから仕入れてきた怪談話を大王に語って聞かせているのだ。
……この分じゃ、灯りもいらないかもしれないな。
そうは思いつつ、折角持ってきたのだからと舎人Aは灯りを持って大王の部屋へ近付く。
そして、カマミワケの話の腰を折ったら大変と、やや遠慮がちに声をかける。
「……大王、灯りをお持ちいたしまし…」
「ぅわあぁああっ!!!」
舎人Aが言い終わらないうちに、男の叫び声とともに扉がバタン!と勢いよく開かれる。
そして、何かが舎人Aに体当たりをかました……否、抱きついた。
……ああ、いい匂いがする…。
抱きついてきた何かから発せられる芳香に、思わず舎人Aはうっとりしてしまう。
しかし次の瞬間、舎人Aは、ん?と首を傾げた。
……待てよ、この匂いって、確か……。
舎人Aは、恐る恐る……いや、期待に胸を膨らませて自分に抱きついているモノに視線を移した。
……やっぱり…(はぁと)
抱きついているモノは、人間だった。
しかも、このとびきり麗しい顔はまさしく大王。
舎人Aの視線に気づいて、大王は顔を上げた。
カマミワケに余程怖い話を聞かされたのだろう、大王の切れ長の目は少し赤くなり、潤んでいる。
そのうるうる目が、真直ぐに舎人Aを見つめている。
そして、彼の花弁のような形の良い唇が舎人Aの名を紡いだ。
その声は、微かに震えていた。
いや、目が潤んでいるのも声が震えているのも怪談話のせいだと分かってはいるが。
けど、けど……けど!!
お……大王、あなたはなんて罪なお方なんだーーーっ!!!
「大王ーーーっ!!」
舎人Aは、相変わらず自分にしがみついている大王をがばりと抱き締め返した。
……俺、今まで生きてきて、本当に良かった……。
鼻をくすぐる芳香と腕に感じる大王の体温に、舎人Aは今まで生きてきた中で最高の幸福感に酔いしれた。
……が。
ガツン!
突如、舎人Aは後頭部に鈍い痛みを感じた。
舎人Aはぎこちない動きで、後ろを振り返る。
……!
いつの間に、俺の背後に移動してたんだこの人……。
舎人Aの背後には、ストーリーテラー・タ○リならぬカマミワケが立っていた。
カマミワケの手に、本(ネタ帳?!)があることから、どうも自分の後頭部はこれの角で殴られたと推測される。
「大王から離れろこのハゲが」
カマミワケの口から、普段の彼からは想像もつかない暴力的な言葉が発せられる。
……俺は禿げてない! いや、そりゃちょっと親父は禿げてるけど……。
心の中で反論してみたが、怖いので口には出さない。
そして、とても名残は惜しいが、舎人Aは大王の身体を離した。
本当は、このまま大王と愛の一夜を迎えたいところなのだが、それをすれば次の日に斬られたり埋められたりすること必至だ。
舎人Aは、持ってきた灯りを置いて去って行った。
「なぁ」
舎人Aが去った後、大王がカマミワケに呼びかける。
「何です、大王」
「これからは、怪談話は他の者に語らせることにする」
カマミワケは若干狼狽えた。
「面白くありませんでしたか」
「いや……」
大王は首を振った。
そして、そうじゃなくて、と続ける。
「怖くても、おまえがその怖い話を語ってたんじゃ抱きつけないだろ?」
「…………」
カマミワケは固まる。
「おまえが、一番抱きつき心地がいいんだ」
大王はいたずらっぽく笑った。
カマミワケは真っ赤になった。
身体が固まり、一切の思考が停止する中で心臓だけが普通の倍くらい早く脈打っているのを感じた。
* * *
「納得いかないわ!!」
兄姫は叫ぶと、先程まで読んでいた本を床に叩き付けた。
「どうしてよ!」
負けじと弟姫も叫び返す。
「だって……だって…!」
兄姫は言う。
「カマミワケとナカツヒコなんて邪よーーっ!!
ナカツヒコのお相手はワカタラシヒコって決まってるのーーーっ!!!」
兄姫の叫びは、美濃の夕焼け空に吸い込まれていった。
尚、一応補足しておくが、ここは美濃、喋っているのは大碓皇子の娘である兄姫と弟姫である。
そして、兄姫によって床に叩き付けられた本は、ナカツヒコやら亡きワカタラシヒコやらカマミワケを題材にしたBL系同人誌である。
ちなみに、弟姫著。
「週刊ヤマト」を愛読していた、少し腐った少女だったこの姉妹は、今や同人誌まで手掛ける腐女子のカリスマとなっていたのだ。
「兄姫ー、弟姫ー、それぞれ背の君がいらっしゃったわよー」
部屋の外から母の声がする。
「まあ大変!」
弟姫は、慌ててそこら辺に散乱していた原稿(同人誌の)をかき集めると、ベッドの下にねじ込んだ。
やっぱり、実は腐っていることは夫には知られたくないというのが乙女心なのだ。
☆終わり☆
| 白鳳ちゃんは、以前も二次創作の小説を書いてくれています。 併せて、こちらもどうぞ♪ |