イザナギとイザナミ
天と地が分かれ、
この世に初めての神、国常立尊(くにのとこたちのみこと)が化(な)り出でてより、
私、イザナミが生まれるまで、六はしらの神々が生まれたという。
陰陽の気が相交わって化(な)り出でた、男神三はしら、女神三はしらであったという。
でも、なぜ身が男であるのか、
なぜ身が女であるのか、性の持つ意味を知ることなく、また長い年月が流れた。

私は、男神であるイザナギとともに、この世に化(な)り出でた。
イザナギは端正な横顔を持つ美しい男神だった。
その横顔は、いつも私の心を捕らえて離さない。私はいつも見ている。
イザナギこそ、この世で最も美しく、最も雄雄しい私のすべて。

ある日、私とイザナギは、天浮橋(あめのうきはし)の上に立った。
浮橋から下を覗いても、なんだかドロドロしたものが見えるだけで、
それより下を見ることはできなかった。
「この下界の一番低いところにも国があるのかしら?」
私はつぶやいた。
「きっとあるさ。」
雄雄しいイザナギは、天のぬぼこを握ると、
やにわに、その得体の知れないドロドロしたものに突き刺した。。
美しい大海原ができた。私はしばし見とれた。
いや、私は本当の大海原ではなく、イザナギの瞳に移っている大海原に見とれたのだ。
それほどに、瞬きする間も惜しいほど、私はいつもイザナギを見ている。

イザナギは、そんな私にウィンクしてみせると、
おもしろそうに天のぬぼこで大海原をかき混ぜ、そして素早くぬぼこを引き抜いた。
私は、久方ぶりにイザナギを見るのも忘れ、
ぬぼこの先から滴った塩水が凝り固まって、一つの島になる不思議を見た。

私とイザナギはこの不思議な島、オノコロ島に降り立った。
夫婦として、ともに生きるために。
私はうれしかった。
イザナギは、美しい瞳で、天を見上げながら、
「夫婦になって、州国(くに)を産まないか?」と言ってくれた。
うれしかったけれど、まだ何も知らない私はどうしていいのが分からなかった。

私たちは、オノコロ島を国の中の柱として、
イザナギは左から柱を廻り、私は右から柱を廻った。
いつも私の瞳に移っているイザナギに背を向けるのは寂しかったけれど、
私は、イザナギのために、美しい州国(くに)を産みたかった。

私たちは、柱を廻り、再びめぐり合った。
そうして、いつものように私の瞳に映ったイザナギの姿。
私は思わずつぶやいた。
「なんとうれしいこと! こんなに美しい男に遭えて。」
イザナギも私の瞳を見ていってくれた。
「そなたの瞳の美しいこと。素晴らしい乙女だなぁ。」

そしてイザナギは言った。
「私には陽(お)の元(はじめ)がある。そなたには?」
いつもとは違う、厳かな物言いに、少し驚きながら、
「私の身には陰(め)の元(はじめ)があるわ。」私は答えた。
「この、私の陽(お)の元(はじめ)をもって、
 そなたの陰(め)の元(はじめ)に合わせたいと思うがどうだ?」
いつもの美しい瞳に力を込めてイザナギが言った。
私たちは結ばれた。
私は、なぜ身が女であるのか、性の持つ意味がなんであるのか、初めて分かった。
美しいイザナギと結ばれて私は幸せだった。

そして私は身ごもり、月満ちて州国(くに)を産んだ。
でもなぜ?
生まれたのは、あの雄雄しいイザナギとは似ても似つかない足萎えの蛭児だった。
はにかんで、身ごもったことを告げたとき、
やっぱり、はにかんだような笑みを浮かべて、喜んでくれたイザナギは、
その子から目をそらせた。
私たちは、そのかわいそうな子を、葦舟にのせて流してしまった。

私はまた身ごもった。
でも、やはり月満ちて生まれた子は、
州国(くに)というには、あまりにも小さな島だった。
イザナギは肩を落とした。
そんなイザナギを見るのが、私はつらかった。

私たちは、この世で、初めて夫婦となり契りを交わした神々だ。
私はこの上もなくイザナギを愛し、イザナギもこよなく私を愛してくれる。
それなにになぜ?
私たちは、天に帰り、天神に訊ねた。
なぜ、私たち夫婦は、立派な州国(くに)を産むことができないのかと。

天神は答えた。
「女の方から先に声を掛けてはならない。もう一度帰ってやり直すべし。」と。
そうだったのだ。
オノコロの柱を巡り、再び会えた瞬間、私の口から出た言の葉。
そう、私のほうから声を掛けていた・・・美しいイザナギに。

私たちは、また、あらためて柱を廻った。
そして再び会えたとき、イザナギは初めて会ったときのように頬を染めて、
「美しい乙女だなぁ。」と言ってくれた。
「あなたこそ、美しい若者よ。」私も言った。
そうして、私たちはまた結ばれた。

月満ちて産まれた子は、大日本豊秋津州(おおやまととよあきつしま)←本州と名づけられた。
すばらしく雄雄しい子だった。
私は次々に身ごもり、伊予二名州(いよのふたなのしま)←四国、筑紫州(つくしのしま)←九州、
そして、億岐州(おきのしま)と佐渡州(さどのしま)の双子、
越州(こしのしま)←北陸地方、大州(おおしま)←場所は不詳、吉備子州(きびこしま)を産んだ。
イザナギは、この子らを愛しんで、大八州国(おおやしまのくに)と呼んだ。



アマテラス登場
私の名前は草野姫。
お父さまはイザナギ、お母さまはイザナミといって、
とってもエラ〜イ神様なの。エッヘン!^_^;

大日本(おおやまと)の島々を生んだお父さまとお母さまは、
次に、山の神、川の神、山の神を生んだのよ。
その次に生まれたのが草の祖先である私、草野姫。

「余はすでに大八州国(おおやしまのくに)を生んだ。」
あら・・・お父さまの声だわ。
お父さまって、いつ見てもうっとりするほどカッコいいのよね〜
「今度は天下に主たるものを生まなければならない。」
ん??? 天下に主たるものっていったい・・・

お父さまの声を聞いた日からしばらくたって、お母さまはまた身ごもられたの。
お母さまって子だくさん〜
やがて生まれた子神はね、光うるわしい子神で、輝いて天地を照らしたの。
すっごいでしょ!
でもさぁ、明るい日の光の中で見るお父さまもやっぱりステキなんだ、これが。
実は、私はファザコン^^;

「わが子神たちはたくさんいるけれども、
 まだこんなに霊異な能力を備えた子はいなかった。
 この子はいつまでもこの国に留めてはならない。
 この子は天照大神(あまてらすおおかみ)と名付け、
 天に送って、天界を授け、これを治めさせよう。」
いいなぁ・・・お父さまうれしそう。
フンだ! 天照大神(あまてらすおおかみ)なんて・・・
いくら私がファザコンだといっても、そんな嫉妬はいたしません。
いや〜ちょっとはしてるかな。(+_+)

そんなこんなで、天照大神(あまてらすおおかみ)は天界に上り。
そうそう、今はまだ、天と地はすっごく近くにあるんだよ、
のちには、ずぅっと隔たってしまったらしいけど。
天照大神(あまてらすおおかみ)は、天の柱を上って天界にいったのよ!
ウルトラC級の離れ業〜 あとで筋肉痛にならなかったのかしら。
てな、アホな話はさておいて、
天照大神(あまてらすおおかみ)が天界に上ると、この世は光に満ちあふれ。。。
私はもううれしくって、国中、たくさんの草花でいっぱいにしたよ。

そして、お母さまがその次に生んだ神もうるわしい子神だったよ。
まあ、天照大神(あまてらすおおかみ)ほどではないけどね〜
月読尊(つくよみのみこと)と名付けられた子神が放つ光は、
天照大神(あまてらすおおかみ)の次に美しかったので、
お父さまは、この月の神を、日とならんで天を治めよというわけで、
また天上に送られたの。
エッチラ、オッチラ上ってたわ。ご苦労さんなこってす。

そして、そして・・・
イヤン! もう思い出すのもいや。
お母さまが次に生んだ素戔鳴尊(すさのおのみこと)のことなんて。
だって性格悪いんだもん。
意味もなく泣いたり怒ったり・・・またその声の大きいこと!
思わず耳をふさいで、目もつぶって、うずくまってしまったわ。
そして恐る恐る目をあけると、
エーーー! なんてこと・・・
天照大神(あまてらすおおかみ)の恵みを受けて、
私が生んだ草花が、ぜぇーぶ枯れてしまってるではないの。
おまけにあまりの毒気に、人民もたくさん死んでしまってるではないの。
エエ加減にせぇよ、この素戔鳴尊(すさのおのみこと)!!
お父さま〜〜〜 なんとかしてーーー

という私の必死の願いを聞いてくれたのか、
お父さまは素戔鳴尊(すさのおのみこと)に
「もし、お前がこの国を治めたら、また多くの人民を傷つけ害を与えるに違いない。
 だからおまえは、遠い遠い根の国を治めるがよい。」
と言って、素戔鳴尊(すさのおのみこと)を根の国へやってしまわれたの。
お父さま、ちょっと寂しそう。
だって、あの素戔鳴尊(すさのおのみこと)だって、お父さまの子神だもんね。

お父さま、元気を出して! ファイト!



イザナミの死 1
素戔鳴尊(すさのおのみこと)が私のもとにやってきた。
アイツにしては珍しくしおらしい様子で、
「私は今、詔を承って根の国に赴きたいと存じます。」
そうそう、そんなこともあったな。
アイツは、なにせ、あのなんとも形容しがたい大声で、
意味もなく、泣いたり怒ったり・・・
そのために、世の民も数多く死んでしまい、山野さえ、枯野にしてしまったのだ。
そのために、根の国に赴くよう命じたのは、そう、私だった。
「根の国に赴く前に、高天原(たかまがはら)におわす姉上、
 天照大神(あまてらすおおかみ)にお目にかかってお暇乞いをし、
 それから永久に退出したいと存じます。」
はて、素戔鳴尊(すさのおのみこと)にしては何とも殊勝な。
勇敢ではあるけれども残忍な彼のこと、何か魂胆があるのか否か・・・
もうそんなことはどうでもよい。
私はなすべきことはすべてなした。
私は少し疲れた声で、
「許そう。」と、ひとこと言った。
素戔鳴尊(すさのおのみこと)は、嬉々として、高天原(たかまがはら)に上っていった。

さあ、時がきた。
私が去る時が。
あとは、すでに作ってある幽宮(かくれのみや)に入ればいい。
長い、覚めることのない夢の中、私は振り返る、わが愛する妻のことを。
あれも夢であったのだろうか。

わが妻イザナミは、まだ少女であったころから、それは美しい乙女であった。
そして、いつも私の姿を目の中に留めていないと、
とたんに寂しがり、不安がり、オロオロと涙ぐむ、まことに可憐な姫だった。
それは、まだ幼いながらも恋であったのであろうか。

時満ちて、私たちは夫婦になった。
だが、いざ契りを交わそうとしても、どうしていいのかわからない。
そんなとき、二羽のつがいの鳥が、
かしらと尻尾を振るわせて、絡まりあうように飛んでいた。
私たちは、契りの意味を悟った。
それほどに、まだ幼い二人であったのだ。

こうして結ばれた私たちは、この国の島々、山野を生んだ。
天を治め、地を治める、尊き神々も生み出した。
風の神も、土の神も、その他すべての万物も生み出した。
あの素戔鳴尊(すさのおのみこと)は、ちょこっと出来損ないかも知れないが。

私たちは幸せだった。
すべてが満ち足りていた。

だが、なんということだろう。
そこで悲劇が起こったのだ。



イザナミの死 2
だから、やめろと言ったのに・・・

「人民が生きるためには、きっと火が必要だわ。」
わが妻イザナミは、目を輝かせて言った。
「大丈夫よ、わが君さま。
 私たちは今まであんなにたくさんの万物を生んだじゃない。
 私ももう若くはないわ。
 これが最後のお産になるかもしれない。
 人間はとっても弱いものなの。
 もし火がなければ、この世で生き続けることはできないかもしれない。
 私は人間に火を与えてあげたいの。」

果たして人間に火など必要なのだろうか。
火は、万物も山野も、命さえ焼き尽くしてしまう荒ぶる神だ。
人間は、火を御しえるのだろうか。

だが、私は結局、妻の願いには逆らえず、
もう若くはない妻は、身ごもるのさえ苦しそうだったが、
ようやく月満ちて、産の時を迎えた。

ここから先のことは、思い出すのがつらすぎるあまり、
記憶は、心の奥、またその奥に押しやられているのだろう。
はっきりいって、あまりよくは覚えていない。

今、幻影のように浮かぶのは、
火の神が産道を通るとき、大やけどをして、もはや息をしていない妻の亡骸。
そして、その、まだ充分に美しい妻の亡骸の、
枕辺(まくらべ)に腹ばい、脚辺(あしべ)に腹ばって、
涙を流し号泣している私自身の姿。
また、その涙も神となった。

わが妻イザナミは、それでも息をひきとる間際、
伏しながらも、土の神埴山姫(はにや まひめ)と、水の神罔 象女(みつはのめ)を生んだ。
そして、熱さのあまり、苦しんで胃の中の物を吐いたとき、
その吐瀉物も神となった。金属の神となる金山彦(かなやまひこ)だ。

臨終のとき、長の別れがきたとしても、
私の姿を永遠に目の中に留めておこうとでもいうように、
イザナミは、じっと私を見つめた。
まるで、少女の頃、少しでも私の姿が見えないと、
とたんに泣き出したあの頃のように。
だが、彼女の唇から言の葉がもれることはなかった、永遠に。
妻は私の前から去ってしまった。

私は、火の神軻遇突智(かぐつち)を憎んだ。
この子神さえ生まなければ、妻は身罷ることはなかったのだ。
「たった一人の児と、わが愛しい妻とをとりかえてしまうなんて。」
私は叫ぶなり、十握剣(とつかのつるぎ)を抜いた。
そして、軻遇突智(かぐつち)の体を3つに裂いた。
そんなことをしても、イザナミが帰ってくることはないのに。
軻遇突智(かぐつち)の裂かれた3つの体は、それぞれが神になった。
軻遇突智(かぐつち)を切ったとき、
十握剣(とつかのつるぎ)から滴った血もまた神になった。

私は体中の力が抜け、がっくりと腰をおろした。
何も考えることができなかった。
考えることができない?
いや、こんなときこそ立ち上がるべきではないのか。
愛しい妻を取り戻すために。
私とイザナミは、国を、万物を、神々を生み出した祖ではないか。
これほどの功績があろうか。
きっと、黄泉国(よもつくに)の神だって許してくれる。
イザナミを返してくれる。

そうだ、イザナミを取り戻しに行くのだ。
( 続  く )
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