スサノオ天界に上る
オレが何をしたっていうんだぁ?
なんなんだ・・・あの金切り声は。
あの格好は!

確かにオレは、あの偉大な父上、母上の子神としては出来が悪いさ、フン!
だが、大きな島々や、山川草木の神々、
それから光り輝くように麗しい姉上アマテラス、
同じように照り映えるツクヨミのあとに生まれたオレとしては、
そうやって自己主張するしかなかったんだ。
そうするしか皆の関心を得る方法を知らなかったんだ。

意味もなく泣いたり怒ったり…だと?
そのために、草木が枯れようが、人民が死のうが知ったことではあるもんか。

父上に叱られようが、
母上に悲しそうな目で見つめられようが、
オレは自分を止めることが出来なかった。

だが父上はオレの父である前に、万(よろず)の神だ。
父上は決断した。
そして俺に言った。
「もし、お前がこの国を治めたら、また多くの人民を傷つけ害を与えるに違いない。
 だからおまえは、遠い遠い根の国を治めるがよい。」と。
父上の苦渋の声。
母上の取りすがるような目。

母上は、たくさんの子神を生み、多忙な中でも、
なんのかんのと口実を設けては、
おれの根の国行きが一日でも延びるよう父上をなだめていた。
「大丈夫よ。母さんに任せておいて。
 大切なあなたを遠い根の国なんかにやるもんですか。
 だから、いい子にしてるのよ。」
母上は、いたずらっ子のような微笑でそう言っていた。

その母上が…よもや身罷るなど、そんなことがあっていいものか!
火の神軻遇突智(かぐつち)など、
もし父上が斬らなかったら、おれが斬ってやるところだ。

母上はもう帰らない。
いよいよ行かなければならないのか…根の国へ。
それもいいかも知れない。
母上のいないこの世にいたって、いいことなどなさそうだもんな。

オレは旅たった。
だが、いよいよこの世ともおさらばだと思ったとき、
オレは無性に姉上アマテラスに会いたくなった。
姉上アマテラス、というより、
姉上の中にある母上イザナミの面輪にもう一度会いたかった。
幾たび子を産もうと、
いつまでも少女のように可憐だった母上に比べて、
光り輝くように麗しい姉上は、
あたりを払うような威厳に満ちてはいたが、
それでも、やはり姉上は母によく似ていた。

オレは、姉上に会うため天界に上る許しを得るために、父の宮へ行った。
だが父上はいなかった。
なんということだ…母上を連れ戻しに黄泉国(よみのくに)に行ったというのだ。
あの沈着な父上が?
そんなことをしても、逝ってしまった母上が帰るはずはないではないか。

オレは数日を父の宮で過ごした。
黄泉国(よみのくに)から帰った父上は、
草野姫と一緒に、黄泉国(よみのくに)での穢れをはらい、
幽宮(かくれのみや)に入るために帰ってきた。

「私は今、詔(みことのり)を承って根の国に赴きたいと存じます。」
オレはそう言った。
「根の国に赴く前に、高天原(たかまがはら)におわす姉上、
 天照大神(あまてらすおおかみ)にお目にかかってお暇乞いをし、
 それから永久に退出したいと存じます。」と。
父上は訝しそうな目でオレを見たが、
疲れた声で、
「許そう。」と、ひとこと言った。

オレは天界に上った。姉上に一目会うために。
それなのになんなんだ?
オレが何をしたっていうんだぁ?
なんなんだ・・・あの金切り声は。
あの格好は!
スサノオ天界に上る
私は子供の頃からスサノオが嫌いだった。
というより、スサノオが怖かった。
誰もが皆、私やツクヨミのことを美しいと言ったけれど、
皆から敬われ、崇められることがなんだというの?
誰から何を言われようとも、
嫌なものはいや、欲しいものは欲しいと、
はっきり言えるスサノオがうらやましかった。

スサノオは私にはないものを持ってるわ。
だから私はスサノオが嫌いなの、
ううん…恐れてるの。
いいえ、もしかしたら…愛してるのかもしれない…

私は父上の命で天界に上った。
もうスサノオに会うこともないだろう。
愛なのか、憎しみなのか、
自分でも分からないこの感情とももう別れられる。

私は人民が平和に豊かに暮らせるよう、
保食神(うけものかみ)が命をかけて残してくれた物…、
粟・稗・麦・豆は畠の種として、
稲は水田の種として天狭田(あまのさなだ)と長田(ながた)に植えたわ。
秋には、稲の穂がたわむほど成長して、みんな大喜びだった。
蚕からは糸を挽き出し、美しい衣を作ったわ。
わが弟、ツクヨミの贖罪もかねて。
愛などなくったって、私は幸せ…

なのに、なのに、なぜ?
なぜ今になって、スサノオがやってくるの?

怖い! 怖いわ!!
だって私は、弟スサノオに一片の愛さえ与えてはあげなかったのだもの。
「弟がやってくるのは善意ではないに違いない。
きっと国を奪おうとする意思があるのだろう。
だいたい両親のイザナギ・イザナミが子供たちに命じて各々その境を別けて領分を決められた。
それなのに、なぜ自分が赴くべき国を棄てておいて、ここにやって来るのか。」
私はそう言い、戦いの準備に入った。

髪は結んで鬟(みずら)にして、裳(も)の裾は縛って袴に仕立て、
八坂瓊(やさかに)の五百箇(いほつ)の御統(みすまる)を髪や腕に巻きつけて、
背中には千箭(ちのり)の靫(ゆき)を背負って、
腕には伊都の高鞆(たかとも)を装着して、
弓を振り立て、剣の柄を握り締めた。
負けないわ、スサノオなんかに…
そう自分の気持ちを奮い立たせるために。

遠くからスサノオの姿が見えてきた。
いかつい身体に似合わない端正な顔も次第に見て取れるようになった。
私は思わず、悲鳴とも雄たけびとも取れる大声を漏らしてしまった。

「あ〜れ〜〜・・・・・・・」
地上ではあっけにとられたように草野姫が天を仰いでいる。
私ったら何ということを。

そのとき、スサノオがはっきりと私のすがたを目に捕らえた。
スサノオの目に驚きが走ったわ。
私は思わず顔を赤らめてしまった。
だって、私ったら、考えてみればすごい格好なんだもの。

でも、それでも私はキッとスサノオを見た。
スサノオは笑った。

私はおろかにもスサノオの笑みが、
私の重層な戦支度を嘲笑ったのだと思った。
なんてバカなことを…
でももう取り返しはつかない。
私は言ってしまったのだから。



スサノオ天界に上る
私は激しく弟スサノオを責め問うた。

「私にはもともと邪心はありません。
ただ父母の神の厳しいご命令を受けましたので、
これから永久に根の国に出発するところです。
けれども姉上にお目にかかってお暇ごいをしないことには、
どうして退(さが)ることができましょう。
そんなわけで、雲や霧を跋渉して遠路はるばる参上した次第です。
それなのに姉上は、喜んでくださるどころか、
反対に立腹しておられようとは思いがけもしませんでした。」
スサノオがいつもより饒舌なことに、私はいらだった。

「私は、父も母も亡くしました。
遠い根の国に行こうが、どこに行こうが、
もうこの世には未練などないと思っておりました。
でも、いざ旅立とうと思ったとき、無性に姉上に会いたいと思ったのです。
姉上がほんの少しでもこの私を愛しいと思ってくださっているのなら、
その戦支度を解き、私を抱きしめてはいただけませんか?」
スサノオはさらに言った。

もし私が、髪を梳き、千箭(ちのり)の靫(ゆき)をおろし、
弓や剣を投げ捨て、
スサノオのもとに走りよって、彼を抱きしめてあげていたら…
どうなっていただろう?
すべては変わったのかしら…?

でも、私にはどうしても出来なかった。
「もしその言葉が本当なら、お前の潔白な心を何で証明するのか。」
私ったらどうしてそんなことを?
心を証明する? 
そんなことできようはずもないのに…

なにより、証明してもらわないと弟の心を信じられないなんて。
私は悲しくなって涙が出そうになったけど、
その涙を隠すように、弟スサノオの端正な顔をじっと見た。

スサノオも私を見た。
今にも泣き出しそうな顔で。

でも、何かを決心したように目をあげて、
「ではお願いがございます。
姉上と一緒に誓約(うけい)をいたしましょう。
姉上が私の心を信じられないというのなら、
私の心が潔白かどうか、神に訊ねたらよいでしょう!」
スサノオの瞳は強い光を放っていた。
真実を語る者だけが持っている強い光…

このとき、まだ私にはチャンスがあったわ。
スサノオに走り寄るチャンスが。
でも私はそうしなかった。
もしここで弟を抱きしめてしまったら、
父イザナギが決めた領分をを犯して、
スサノオを引き止めてしまいそうだったから。
根の国なんかに行かせたくなくなってしまいそうだったから。

「誓約(うけい)はどんな方法でやるつもり?」
私は波打つ感情を抑えて言ったわ。
「誓約(うけい)の中で子を生むことにしたらいかがでしょうか。
もし私の生んだ子が女の子ならば、
私に邪心があるからだとお思いになって結構です。
しかし、反対に男の子だったら、
私の心は清浄潔白であると思し召してください。」
スサノオも静かに言った。

私はスサノオから十握剣(とつかのつるぎ)を受け取ると、
それを3つに折った。
そして、それを天真名井(あまのまない)でふりすすいで、
カリカリと噛み砕き、口からはき捨てた。
こんな茶番は早く終わりにしたかったから。
はき捨てたいぶきの狭霧から、3人の女神が生まれたわ。

スサノオは、私が腕や髪に巻いている
八坂瓊(やさかに)の五百箇(いほつ)の御統(みすまる)を欲しいと言ったわ。
私が与えると、
それがまるで私自身であるように、しっかりと胸に抱くと、
やはり天真名井(あまのまない)でふりすすいで、
カリカリと噛み砕き、フッと吹き捨てた。
そのいぶきの狭霧から5人の男神が生まれたわ。
スサノオの勝ち。

「女神たちはお前の十握剣(とつかのつるぎ)から生まれた。
よって、お前の子とし、
男神は私の八坂瓊(やさかに)の五百箇(いほつ)の御統(みすまる)から生まれた。
よって、私の子としよう。」
でも、私の言葉を最後まで聞こうともせず、
スサノオは傷付いた心を抱えたまま走り去ってしまった。

私は3人の女神たちを、筑紫州に降らせ、朝鮮への海路を守る神とし、
そして、スサノオが残してくれた5人の男神を、ぎゅっと抱きしめた。
スサノオを抱きしめる代わりに…
( 続  く )

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