出会い
「我が皇孫よ。
 この鏡を見るのは、
 私を見るのと同じと考えよ。」

そう言って、祖母アマテラスより手ずから下賜された八咫鏡(やたのかがみ)。
その美しい面(おもて)に、そっと我が身を映してみる。
見慣れた我が姿の後ろに映るのは、葦原中国(あしはらなかつくに)の荒々しい山河。

ここは、葦原中国。
私は、高天原(たかまがはら)からはるか遠く、日向の高千穂峯(たかちほのみね)に降臨した。
果てしもなく荒れてやせた国々を抜け、いくつもの丘を抜け、やがて大海原を見渡せる岬に出た。
私はそこに居を構えた。

ここが我が王国。我が故里なのだ!
鏡に向かってそうつぶやく・・・
自分に言い聞かせるため、そうつぶやく。

     *  *  *  *  *

ニニギさま、
 海をご覧になりませんか?」

この国の首長であるナガサが、そっと尋ねた。
どうも、私が無聊を持て余しているのだと思ったらしい。

「そうだな。
 海は美しい。
 心が洗われるようだ。」

ナガサの誤解を解くのも面倒で、私は腰を上げた。

確かに海は美しい。
まるで私を拒絶しているかのような葦原中国の荒々しい山河の中で、この海は私を懐に抱きとってくれる母の腕のようだ。
といっても、私は母の腕など知らないのだが。

     *  *  *  *  *

いつものように浜辺に出た私は、そこに、見慣れぬ年若い娘を見た。

「お前は誰か?」私は娘に尋ねた。

「わたくしは、
 木花開耶姫(このはなさくやひめ)と申します。」

いったい、私の身になにが起こったというのだろう。
振り向いた娘の姿を見た瞬間、
私の中に稲妻が走り、私は一目で娘に心を奪われた。

「お前は誰の子なのか?」

「わたくしは、大山祗神の娘でございます。
 そして、ほらあそこ、あの岩の向こうにおりますのが、
 わたくしの姉で、磐長姫(いわながひめ)と申します。」

私は、美しすぎる娘の目を避けるように、
娘の指差した岩の方を見るともなく眺めながら、

「余の妻になってくれるであろうか・・・?」
と、娘に訊ねた。

「それは・・・」
頬を染めて下を向く娘。
「そんなこと、
 わたくしが答えられるはずもございません。
 どうぞ、父にご下問くださいますように。」
小さな声で、娘はそう答えた。

     *  *  *  *  *

私は何かに急かれるように、
まるで、今を逃したら、娘は永久に手に入らないとでもいうように、すぐさま、大山祗神のもとを訪ねた。

「余は、お前の娘に会ったところだ。
 余の妻にしたいと思うが、どうか?」
と、急き込んで訊ねた。

別に悪気などあった訳ではない。
私の不用意な問いが、悲劇を生むなどということは塵ほどにも思わず、ただ、私は初めての恋に酔っていた。
( 続   く )


この章にもたくさんの「一書」が出てきまして、ぱいんのドラマティック日本書紀は、それらの話を混ぜ込んだ展開になっております。
第四の一書では、ナガサは、イザナギの子ということになっています!(いつまでたってもお盛んな〜^^;)
磐長姫が木花開耶姫の姉として登場するのは第二の一書と第六の一書です。(本書には磐長姫は登場しません・・・)
で、本書では、天神(タカミムスヒ?)が大山祗神の娘を娶って、木花開耶姫が生まれたことになっています〜(^^ゞ
あまりにも系譜がややこしいので、ドラマティック日本書紀では、ナガサや大山祗神は、単に、ここ高千穂峯に住んでいた土地の有力者!というノリで書いております!
いい加減でごめんなさい〜〜〜m(__)m
<ぱいんのつぶやき>

今回から新しい章が始まりました!
美しいお姫様が登場する章は、
自分自身書いていてとても楽しいです〜(^。^)
が、これからお話はどんどん悲劇へと進んでいきます。
次回は、ちょこっと書紀の内容を越えて妄想モードに入ります〜(^^ゞ
なんだか、書いていて、
自分がみんなの運命を操る神(悪魔?)みたいで、
なかなか楽しいです〜〜〜(怖)
どうぞ、ご期待くださいね!



ときめき
「そなたも知っておろう。
 この地に降臨されたニニギ様のお噂は。」

「もちろんですわ、お父様。
 この上もなく美しく、
 この上もなく尊いお方だと聞いております。
 でも、それが何か?」
 
私は胸の動悸がお父様に悟られないように、そっと下を向いた。
ときどき、海をご覧になるために浜辺においでになるニニギ様。
その美しいお姿は、昼も夜も、夢の間を彷徨うときでさえ、私の心を捕らえて離さなかった。

「そのニニギ様が、今日我が館にお見えになったのだ。
 そして、驚いたことに、
 そなたを妻に貰い受けたいと仰せになったのだ。」

「そんな・・・
 ニニギ様が、
 わたくしのことなどご存知のはずもございませんのに。」

「いいえ、お姉さま。
 実は今日、お姉さまはお気付きではなかったようですけれど、
 わたくし、ニニギ様に、お会いしたのです。」
横合いから妹が口を出す。

「おお、そうであったか。
 そういえば、ニニギ様もそのように仰せであったな。」

「ええ。
 わたくしがお姉さまの方を指差したとたん、
 それはもう、
 まるで熱に浮かされたように虚ろな様子で、
 『余の妻になってくれるであろうか?』
 なんて、いきなり言うんですのよ。
 ああいうの、一目惚れって言うんでしょうね。」

妹は、そのときのことを思い出したのか、フフっと笑った。
木花開耶姫(このはなさくやひめ)というその名の通り、まるで花が開くように美しい。
この妹にならともかく、わたくしの身に、そのような幸運が訪れたことを、素直に信じてもいいのだろうか…?

「もしかして、あなたと間違えているのじゃぁ…」

「何をおっしゃいますの、お姉さま!
 ニニギ様は、お話の間、
 一度もわたくしをご覧にはなりませんでしたのよ。
 ただ、ニニギ様のお目は、
 わたくしが指差したお姉さまの方だけをご覧になっていただけ…」

「そうだよ、磐長姫(いわながひめ)。
 きっと、近隣にも知れ渡ったそなたの聡明な噂が、
 ニニギ様のお耳にも入っていたのかもしれないな。」

「まあ、お姉様ったら、なんてうらやましい!
 今日会ってすぐにプロポーズに見えられるなんて、
 よっぽど、お姉さまにお心を奪われたのね。」

「でも…でも、わたくし…
 殿方に一人でお会いするなんてそんなこと…」

「ご結婚するのに、
 お供の者が付いていたらおかしいではありませんか。
 でも、いいわ!
 今晩、ニニギ様がおいでになるのでしょう?
 今晩はお顔合わせだけのはずですわよね。
 そうだわ。
 今晩だけは、わたくしが付いていて差し上げすわ。」

いかにも楽しそうな妹の様子。
いつもは聡明らしく落ち着いているわたくしが、オロオロとうろたえている様子が面白いらしい。
まだまだ子供ねぇ〜
わたくしは、そっと溜息をついた。
その溜息は、驚くほどわたくしを甘やかな気分にさせた。

今夜、わたくしの恋がかなうのだ。
ニニギ様に、妻としてお会いすることができるのだ。

わたくしは、永遠にも思えるような長い時間の中で、夜の来るのを待った。
( 続   く )


先週の掲示板で、「大山祗神」が男神であるか、女神であるかが話題になりました〜(獺祭主人さま、貴重なご意見ありがとうございます!)
が、とりあえず、このドラマティック日本書紀では「大山祗神」が男神であり、木花開耶姫や磐長姫のお父様ということでお話を進めております〜
<ぱいんのつぶやき>

むふふふふ・・・
今回のお話はいかがでしょう〜?
完全妄想モードに入っていますね〜(^^ゞ
でも、これっていい加減な気持ちで書いてるのではなくて、
次回以降のお話へ続ける伏線なのです。
どうぞ、今しばらくガマンしてお付き合いください〜(^。^)



逢瀬
「姫や。用意はいいかな?
 ニニギ様が見えられたぞ。」

父が、妹のコノハナサクヤ姫を伴って入ってきた。

「まあ、お姉さま、なんて美しい!
 わたくし、こんな艶やかなお姉さまを見たのは初めてですわ。」

「なに、婚礼の日取りはいずれ話し合うとして、
 今日は単なる顔合わせじゃ。
 何もそう緊張することはあるまい。
 食膳や瓶子はそろえてある。
 コノハナサクヤ姫と一緒に、
 気楽にニニギ様とお話でもしておいで。」

言葉とは裏腹に、父こそ緊張しているのか、ひどく早口で言う。

  *****  *****  *****

「お父様はああおっしゃいますけど、
 やっぱり、緊張してしまいますわね。」

ニニギ様のお待ちになる部屋に向かう途中、瓶子を持った妹が頬を上気させて言う。

「そうね。」

言葉少なく答えるのは、私こそ緊張して胸がいっぱいだから。
でも、この緊張は決して不快なものではなく、隣の妹にさえ聞こえてしまいそうな胸の動悸は、さらに私に甘い陶酔をもたらした。

手に抱えた食膳のお皿がカタカタなった。
私、震えてる?

そんな極度の緊張感も、部屋に入ってニニギ様の姿を見た瞬間、フッと緩んだ。
だって、ニニギ様こそ、私よりもっと緊張してコチコチになっていらっしゃるのが見て取れたから。
私は、ごく自然に微笑むことができた。

そして、ニニギ様の前に進み、食膳を勧めた。
話は思いの他弾んだ。
ニニギさまは、高天原のお話を面白おかしく話してくれる。
花のように美しい妹には一瞥もくれず、ただ私に向かって饒舌に話すニニギさまを見て、私は、ようやくニニギさまに愛されているのは妹ではなく、この私なのだと実感できた。

心地よく、父が丹精こめた美酒の酔いが私たち三人をより饒舌にさせ、地界の平定に派遣されたタケミカヅチ様が、剣の切っ先にあぐらをかいて、地界の覇者オオアナムチ様に国譲りを迫った話になると、

「そんなことしたら、お尻に穴があいちゃう…」
妹が、さも面白そうに笑う。
その名の通り、まるで花が開く瞬間をそのまま切り取ったかのように美しい笑顔。

そんな妹にしばし見とれていたニニギさまは、瓶子から酒を注ぐ私に、急に真顔になって、

「美しく聡明なイワナガ姫殿。
 コノハナサクヤ姫との婚儀が行われたら、
 あなたは私にとっても姉君となられる。
 どうか、末永く私たちを助けて欲しい。」

と、おっしゃった。
ニニギ様の目は、私ではなく、ただ妹だけを見ていた。

私は瓶子を置くやいなや部屋から走り出た。

ものすごい勢いで走り出た私の姿に、
「姫さま、イワナガ姫さまっ、いかがなされましたっ?」
追いかけるように、遠くで乳母の声がする。

私は耳を塞ぎ自分の部屋に駆け込んだ。
そして、固く戸を閉ざした。

  *****  *****  *****

それからどのくらい時が過ぎただろう。

と、そのとき、ニニギ様のおられる部屋から妹の悲鳴が聞こえた。
激しく争うような物音も。

そうだ。
私はショックのあまり、一緒に伴っていた妹の存在も忘れ、一人で部屋を飛び出してしまったのだ。
いったい妹の身になにが・・・?

激しく争うような物音はさらに続く。
妹の悲鳴も。
私は、今、部屋でなにが起こっているのか、はっきりと分かった。
私は目を閉じた。
そして、再び耳を塞いだ。
( 続   く )


今回も、ぱいんの妄想で、お話が暴走しております〜
こんな顔合わせがあったのかどうか、書紀には全く出ておりません。
ましてや、ニニギがあんな行動に出るなんて・・・
<ぱいんのつぶやき>

むふふふふ・・・(またかい!)
怖いですねー
ニニギファンの人たちから袋叩きにあいそうです・・・
でも、これもまたまた次回への伏線になってます。
ちゃんと収拾はつけるつもりですので、
いましばらく、ぱいんの妄想モードにお付き合いくださいませ〜



呪い
あぁあぁ、また長い溜息でございますなぁ〜

「ニニギ様っ、聞こえておいでですかっ
 大山祗神さまが、
 今すぐお越しを、とのことで、
 使者を遣わしてこられましたぞ。
 コノハナサクヤ姫の姉君イワナガ姫が、
 ぜひともニニギ様にお目にかかりたい由、
 使者が参っておるのですぞ!」

「・・・・・」

またまた今度はだんまりですかいなぁ・・・
あんなに恋い焦がれていたコノハナサクヤ姫さんと、いったい何があったというのじゃ。

姫さんを訪ねた夜は、さぞかし上機嫌でお帰りかと思いきや、ニニギ様は予定の時間になっても帰ってこず、夜半もすぎたころ、真っ青になってのお帰りじゃ。

それからは、何を聞いても溜息とだんまりの連続。
わしらには、全く事情がつかめぬまま、ひと月あまりが過ぎてしもうた。

それが今朝になって、朝一で飛び込んできたのは、大山祗神さまからの使者じゃ。
ニニギ様に、至急お越しを・・・との口上でございますよ。

  *****  *****  *****

「ニニギ様、いったいどうなさるのでっ?」

わしも使者を待たせていることもあり、今まで押さえていた不審が一気に出て、ついつい詰問調になってしもうた。

「・・・・・」

「分かりました。
 私が行って、事情を確かめてきますからな。
 それでよろしいですか?」

「・・・・・」

やれやれ。
今度は、わしの方が大きな溜息をついた。

じゃが、重い気分のまま訪れた大山祗神さまの館は、わしなどよりもっと重い空気に包まれておった。

  *****  *****  *****

「やっぱり、ニニギさまは、お越しになれませんのね・・・」

客間で、わしの応対をしたのは、コノハナサクヤ姫の姉君イワナガ姫。
開口一番、わしを嘲笑するように、そう言った。

「ニニギ様にお伝えください。
 もし、わたくしをお召しになったなら、
 生まれた御子は寿命が磐石のように長く、
 いつまでもこの世に長らえることがおできになったであろうに、
 あなたさまは妹を召した。
 妹の生む御子の命は木の花のように散り落ちることだろう、と。」

あまりに恐ろしい呪いの言葉じゃ。
じゃが、そんな呪いの言葉を投げかけている女人の、なんと凛として美しいこと。
妹君のコノハナサクヤ姫の美しさが、まさに花が開く瞬間を切り取ったようなたおやかな瑞々しさだとすれば、イワナガ姫の美しさは、姫が首に架けている勾玉のヒスイのように、永遠に変わらぬ硬質の美じゃ。

「姫さま。
 わしには、全く事情がわからぬのじゃ。
 いったい、あの夜、何があったのでございまするか?
 ニニギさまは、大山祗神さまに、
 コノハナサクヤ姫さまとのご結婚の御許しをいただき、
 嬉々として、当館に赴かれたはずなのじゃが・・・」

「ほほほ。
 わたくしたちのなんと間抜けなこと!
 娘を妻に・・・というお言葉で、
 父も、妹も、このわたくしまでもが、
 ニニギさまが妻にと望んでいる姫は、
 わたくしのことだと思い込んでしまったのです。
 まことに間抜けなこと・・・」

なんと・・・ニニギさま!
あなた様は、しかと姫の名を告げもせずに、結婚の申し込みをしたのでございますかっ
なんとうかつな・・・!

「姫さま。
 返す言葉もございません。
 して、コノハナサクヤ姫さまは、こたびのことはなんと?」

ナガサどの。
 そなたは、まことに何もご存知ではないようね。
 妹は臥せっております。
 ニニギさまはあろうことか、妹に乱暴を働いたのですよ。
 私が驚いて、部屋を走り出てしまったあとに・・・」

わしは、あまりのことに絶句してしもうた。
初恋の姫を得るために、姫の父の元に走る。
姫のことしか頭にない男は、「姫が欲しい!」と叫ぶ。
名前を告げなかったことはうかつなことじゃが、そこまでなら、恋に浮かれていたと言い訳もできよう。
じゃが、妹姫に働いた狼藉は・・・

「こたびの出来事で、
 ご姉妹が受けた傷には、申し開きもできませぬ。
 して、コノハナサクヤ姫さまの御加減は?
 大事ないのでござりまするか?」

「妹はとても優しい娘ですの、ナガサどの。
 自分が落ち込んでいては、
 よけいに、わたくしを追いつめると思ったのでしょうね。
 だって、わたくしさえ、部屋を出るとき、
 ほんの少しでも妹のことを思いやってさえいれば、
 こんなことにはならなかったのですもの。
 けなげにも、日に日に明るさを取り戻していきましたわ。
 でも、そんな、無理やり心の傷を隠すことに、
 身体がついていかなかったのでしょうね・・・
 数日前からは、
 食べ物さえ受け入れなくなってしまいましたの。
 わたくしたちに心配をかけまいとして、
 口には運ぶのですけれど、
 胃の腑にはおさまらないらしくて、
 全部吐いてしまうのですわ。」

わしは、もう頭の中が真っ白で、目の前にいる姫に何を言っていいのやら、下を向いて黙り込むほかなかったのでございまする。

「ナガサどの。
 そなたに繰り言を言って、
 困らせるつもりはありませんの。
 わたくしの用はすみましたわ。
 さあ、お帰りになって!
 そして、
 わたくしの言葉をニニギさまにお伝えください。」

あのような美しい女人を見ても、やはり男は花を手折りたいものなのかのぉ…と、わしは、来たときよりもっと暗い気持ちで、大山殿の館を辞した。
( 続   く )


今回は、妄想モードとはいえ、なんとか書紀の展開に戻っております。
(書紀の『第二の一書』に沿っております〜^^;)
イワナガ姫が、実は醜かったのではなく、美しかった・・・!
というところは、ぱいんの妄想ですが・・・
<ぱいんのつぶやき>

美しさにも、いろんな種類があって、
美しいからといって、男性に愛でられるわけではない・・・
美しすぎて敬遠される・・・なんてこと、現代でもありますもんね。
それに比べて、
男性から見て、
なんだか懐かしく、いとおしく思える愛らしさ、
みたいな美しさもありますよね〜(^。^)
そんなことを考えながら、この2人の姫を描いています〜(^^ゞ



懐妊
「ナガサ、
 たった一度の浅い交わりでも、
 女人は身ごもるものだろうか・・・
 腹の子は、本当に私の子であろうか?」

「何をおっしゃいます!
 あのあどけなく幼い姫に、
 他に通っている男がいるとでも?
 お子が出来るのは、
 浅からぬ縁ゆえのこと。
 これを機会に、姫さまと和解して、
 睦まじくお暮らしになられてはいかがでございまするか?」

理屈では分かる。
姫の懐妊も、ナガサの言っていることも・・・

  *****  *****  *****

コノハナサクヤ姫の懐妊の報がもたらされたのは、イワナガ姫の呪いの言葉を聞いてから、さらに一月あまりもたった頃だったろうか・・・
その報は、私に喜びではなく、ただ戸惑いだけをもたらした。

このたびの出来事は、すべて私の短慮がもたらしたこと。
だが、本当に私だけが悪いのだろうか。
私は姫の父である大山祗神に姫との結婚を請うた。
父も了承し、姫自身も納得して宴に顔を出したのではないのかっ!
確かにその場で姫を我が物にしたのは短慮かもしれないが、それが、それほど大きな罪なのだろうか?

行為の後、涙にぬれた瞳で、
「あなた様をお恨みします。
 どうか、二度とわたくしや姉の前に姿を現さないで。」
コノハナサクヤ姫はそう言った。

なぜ?と尋ね、
さらに、姫をかき抱いた私に、切れ切れに姫が言ったこと・・・
私はすべてを知った。

腕の中に抱いている姫の身体は氷のように冷たく、瞳は氷よりもっと冷たい光を放っていた。

  *****  *****  *****

ナガサは何も知らないのだ。
あのような冷たい身体で、冷たい行為の中で、子が授かるなどということは断じてないのだ。
子は、甘やかな夢を分け合った男女の間に授かるものなのだ。

「あなた様はそれでいい。
 じゃが、望むと望まざるとに関わらず、
 腹の中に新しい命を抱え、
 いずれ出産のときを迎えなければならない、
 姫の気持ちを少しでも思いやってあげてくださりませ。
 どうか、姫を訪ねてやってくださりませ!」
ナガサが、涙ながらに言い募る。

「いやだ。
 コノハナサクヤ姫の腹の子なぞ、
 私の子でなどあるもんかーっ」
思わず激情から、激しい言葉が口をつく。

ナガサは、力なく部屋を出て行った。

  *****  *****  *****

「ニニギ様、エライことでござりまするーっ!」

数ヶ月ぶりに、ナガサが私の部屋に入ってきた。
私とナガサは、ここ数ヶ月、コノハナサクヤ姫のことをめぐって冷戦中だったのだ。

「コノハナサクヤ姫様がいよいよご出産です。」

そりゃそうだろう。
とき満ちれば、子は自然に生まれるもの。
だが、子を見たい、抱きたい、という気持ちは、不思議と全く湧いてこない。

「実は姫さまは・・・」

ナガサは、そこで一息ついて、

「姫さまは、誓約(うけい)をされたのでございます。
 戸のない産屋を作って、
 『いよいよ出産の時がきたら、
  わたくしは、この産屋に火を放ちます。
  もしわたくしの身ごもった子が天孫の胤でなかったら、
  わたくしも、その子も焼け死んでしまうでしょう。
  もし反対に、本当に天孫の胤であったなら、
  火も、わたくしたちを害うことはできないでしょう。』
 そうおっしゃって、
 その中にたったお一人でお入りになってしまわれたのです。」

「なんと!」

私は立ち上がった。
姫が死んでしまう。
あの身体、あの花のような微笑が、火の神に蹂躙される様が頭に浮かんだ。

なんということだ。
これも、私のせいか・・・

私は苦しかった。
姫のことを考えるたび、自己嫌悪と恋情が私の心を締め付ける。
息もできないほど強く締め付ける。
苦しい・・・

だが苦しんでいたのは私だけではなかったことに、ようやく気がついた。
私は、長い長い眠りから目覚めた。
姫を火の神の自由になどさせるもんか!
私は姫のもとに走った。
間に合ってくれることを、ただひたすら願いながら。
( 続   く )


今回も、妄想モードとはいえ、ナガサとの絡み以外は、ほぼ書紀の『第二の一書』の通りです。残念ながら、書紀のこの段にはナガサさんは登場しません〜 でも、ぱいんのドラマティック日本書紀では、ニニギとヒメたちの間に立って、ナガサさんは大変です。
<ぱいんのつぶやき>

ふぅーっ なんとも激しい姉妹ですね〜(^^ゞ
あぁ、やっとこれで、今までの伏線の種明かしができます。
今まで、奥歯に物が挟まったみたいで、気持ち悪くて・・・^^;

この章は、ご存知の方はご存知でしょうが、
コノハナサクヤ姫が、たった一晩にして身ごもる・・・ということがテーマの一つなんです。

でも、おかしいと思いません?
あんなに恋焦がれたサクヤ姫ちゃんなのですから、
結婚の後は、毎晩でも通って、愛し合ったのではないでしょうか・・・普通は!

それなのに、たった一晩だけ召して、あとはほったらかしにしてたってことですよね。
なんでかなぁ・・・?
皆さんも想像してみてください〜!

ぱいんは、その背景として、
今まで長ったらしく展開していた妄想話を想像してみた訳です。
だって、あんなことがあったら、ばつが悪くて、
何事もなかったようには通えないでしょ!!

この、たった一晩しか姫を召さなかった理由、
他に何か思い当たることがあるお方、
ぜひあなたの推理を聞かせて下さい〜♪



別れ
「いい加減になさい。
 いつまでもスネてないで、
 あなたも母親におなりなのだから、
 少しはお腹の子のことも考えてあげなければ。」
姉が言う。

「スネてるですって?
 お姉さまは、あの方をお許しになれますの?
 あんなひどいお方を。」

「許せます。
 だって、あの方は、
 あなたのここで育っている子の父親なのですからね。」

姉は優しくそう言って、私のお腹をいとおしそうにさすった。
もう産み月も近いお腹の子は、姉の愛撫を喜ぶように、その反応を姉に返す。

「まあ、動いているわ。
 本当に元気なお子。」

「お姉さま!
 邑の者たちがなんて言ってるかご存知でしょう?
 私たちは、姉妹でニニギ様にお目見えしたのに、
 お姉さまは、醜いから妃にはしてもらえず、
 その場で追い返された…そう噂してるのですよ。」

「それでいいではありませんか。
 それで、このたびの不可解な出来事を、
 不可解なりに、皆が納得してくれるのなら、
 わたくしはそれでいいと思っています。」

「いやです、そんなこと!
 そんな噂が広まれば、
 お姉さまは、
 もうどなたにも嫁ぐことができなくなるのですよっ」

わっと泣き伏した私の背を、優しく撫でながら、

「あなたが、わたくしに対して、
 申し訳ないなんて思うことはないのですよ。
 あなただって、ニニギ様のこと、
 お嫌いではないのでしょう?
 お腹の子のためにも、ニニギ様を許してあげて。
 そして、あなたは幸せになるのです。」

姉はそう言った。

「いやっ いやです!
 あの呪いだって…
 お姉さまは、
 私が二度とニニギ様にはお目にかかりたくないと駄々をこねたから、
 だから、あんなことをおっしゃったのでしょう?
 ニニギ様がこちらに近寄れなくなるように。
 お姉さまだけを悪者にして、私一人が幸せになることなどできません。」

なお言い募る私に、姉は困ったように溜息をついた。

  *****  *****  *****

やがて時満ちて、私は産の時を迎えた。
私は、戸のない産屋を作って、父や姉の止めるのも聞かず、たった一人でその中に入った。

ニニギ様は、たった一度の冷たい交わりで身ごもったこの子を、我が子ではないと疑ったそうな。
でも、私は、このお腹の中の子を我が子ではないと疑ったニニギ様への当て付けに、こんなことをしてるんじゃないわ。
父や姉はそう思ったようだけれど。

私こそ、この子が本当に私たちの愛し子(めぐしご)であり、
そして、この子がこの世に生まれてきてもいいのかどうか、神に問いたかった。

「もしわたくしの身ごもった子が天孫の胤でなかったら、
 わたくしも、この子も焼け死んでしまうでしょう。
 もし反対に、本当に天孫の胤であったなら、
 火も、わたくしたちを害うことはできないでしょう。」

私は、そう神に誓約(うけい)をし、
そして、戸のないこの産屋に火を放った。
火は産屋を覆い、紅蓮の炎となった。

  *****  *****  *****

「姫。姫ぇーーーっ」

気も遠くなるような産の痛みと、炎の熱さの向こうで、かすかにニニギ様の声が聞こえる。
来て下さったのね。
そう思った刹那、ひときわ激しい痛みが私を襲い、私は子を産み落とした。

子は三人の男神だった。
私たちは誰一人害われることなく、無事産屋を出ることができた。

「姫。私が悪かった。
 この子らが、我が子でないと疑うなんて、
 私はどうかしていたのだ。
 どうか許して欲しい。」
ニニギ様が、子らと私を抱きしめてそう言う。

私は、出産の疲れで朦朧とした意識の中で、それでもニニギ様の暖かさを身体に感じた。

でも、私の口をついて出たのは、

「私は、神に誓約(うけい)をして、この子神らを生みました。
 この子らは、天の意思で生まれた、天からの賜り物です。
 私の子でも、ましてやあなたの子でもありません。」

という、自分でもビックリするような冷たい言葉だった。
( 天孫降臨 完 )


今回の展開は、ほぼ書紀の通りなのですが、
書紀の一書によっては、誓約により、サクヤ姫ちゃんの子がニニギの子であることが確定した後、
ニニギがサクヤ姫ちゃんに、見苦しく言い訳している書もあるんですよ!
おおむね、どの書においても、ニニギは疑ってしまったことを後悔しているようです。でも、謝ったニニギに関して、サクヤ姫ちゃんがどう答えたかは、書紀には載っていないんです。
今回はそのあたりを妄想してみました〜(^^ゞ
<ぱいんのつぶやき>

終わりましたね・・・この章も!
最後は、イマイチ、ハッピーエンドにできなくてごめんなさい。
でも、最初にボタンの掛け違えによる誤解があって、
次には、まるでレイプのような行為があって、
その次には、懐妊した子の父親を疑われて・・・
姫としては、すべてを許したい気持ち半分、
絶対許せない!という気持ち半分だったと思うんです。

それが、出産という大事業を経験して、
どっちに心の針が触れるか・・・!

残念ながら、ぱいんは、
別れの方に気持ちが触れたと妄想してしまいました〜(>_<)

( 海幸彦・山幸彦に続く )


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