惨  敗
悄然と雨が降る。
まるで葬列のように私たちは南をめざす。
瀕死の兄・イツセを伴って。

川を上り、河内国に着いた私たちは、陸路、生駒山を越えて大和へと進軍した。
いや、しようとした。
そんな私たちに、大和を守るナガスネヒコの攻撃はすさまじかった。

「天神の御子たちがやって来たのは、
 私の国を奪い取ろうというわけだろう。」

そう言って、孔舎衛坂(くさえのさか)に陣を張った。
会戦が始まる。
今までにないほどの激戦だ。

日向を出発して以来、すべての行軍が順風満帆だったわけではない。
吉備では、かの地を平らげ、さらに東へと進むために3年の歳月を要した。
今度も、浪速の津で、もっと軍備を調えるべきだったのだ。
だが、私たちは逸った。
吉備での3年の月日に、留まるという苦痛を知った私たちは、「待つ」ということが何よりの苦行に思えた。
私たちは遮二無二大和をめざした。  



ヒュッ
いけない!!
流れ矢だ!
矢の先にはイワレヒコさまがいるっ

「イワレヒコさまぁーーーっ」
私の声より先に、イツセの兄上が、イワレヒコさまの前に走り出た。
矢は、兄上の肘に命中した。

あまりの出来事に色をなくすイワレヒコさま。
が、イワレヒコさまは、皆の動揺を抑えるように穏やかに言った。

「今、私は日の神の子孫であるのに、
 日に向かって賊を討つことは天の道に背いている。
 日の神の威を背に負うようにして、
 その光に照らされた影を踏みながら敵に襲いかかるのがよい。
 今は退却だ。
 南に向かおう!」

イワレヒコさまの言葉で、皆が我に返る。
そうだ!
退却だ!!

私たちは傷つき疲れた体に鞭を打ち、南へと駆けた。
ナガスネヒコの軍も、あえて我らを深追いすることはなかった。



「イリノ、我らの見知った海の色とは違うなぁ・・・」

輿の中から、小さな、今にも消えそうな兄上の声がする。
流れ矢に当たった兄上・イツセは、肘の傷の痛みで、すでに手綱も握れず、急ごしらえの粗末な輿に乗っている。

茅渟の海というのか。
 だが海はやはり美しいなぁ。
 イリノ。
 イワレヒコさまを頼むよ。
 我らの弟を。」

「兄上、傷が痛むのですか?」

「いや、もう腕にはなんの感覚もないよ。
 痛みも感じない。
 どうも、この海が私の目に映る最期の景色らしい。
 悔しいよ。
 ますらおでありながら、卑しい賊の手にかかって傷を負い、
 復讐もできずに死ぬとは・・・」

「兄上、
 何を気弱なことを!
 兄上が命を落とすようなことがあれば、
 イワレヒコさまがどんなに嘆かれるか…!
 私とイナヒの兄上だって・・・」

「イリノ、これからも苦しい戦いは続くだろう。
 どんなことがあっても、イワレヒコさまを守ると約束してくれ。
 頼む・・・」

「兄上、兄上ぇーーーっ
 約束します。
 イワレヒコさまと共に、
 必ずや、この東征を成功させると。」

兄上の返事はない。
安心したように目を閉じた兄上は、どうやら深い眠りに落ちたようだ。

私たちはさらに南へと進む。
軍が、紀国竃山(かまやま)に着いたとき、あれ以来一度も意識を取り戻すことがなかったイツセの兄は、静かに眠るように逝ってしまわれた。
( 続   く )
今回の語り手は、イワレヒコさんの弟、イリノさんです!
先週は威風堂々、畿内に上陸したイワレヒコ一行だったのに、のっけから負け戦です。
おまけに、この戦で、長兄のイツセさんを失ってしまいます。
今回は、ほぼ書紀通りの展開で、ぱいん的妄想はほとんど入っていません。妄想といえば、イツセさんが、イワレヒコをかばって傷を負ったことと、最後にイリノに後事を託したことくらいでしょうか・・・

<ぱいんのつぶやき>

書紀のこの段は、ぱいんにとって、かなり思い入れの強い段です。
なぜかと言いますと、
まさに、この茅渟の海がぱいんの生まれ育ったところだからです〜☆
♪〜茅渟の浦風〜窓辺に通い〜♪♪
と、小学校の校歌にも出てきたんですよ!
あまりきれいとは言えない大阪湾の海ですけど、それでもやはり海は美しい!
毎日、海を見て暮らしていたぱいんですら、うっとりと見入る瞬間がありました。
この美しい海を、イワレヒコさん一行は、傷つき疲れて、
さぞ、失意の念を抱いて眺めたことだろうなぁ・・・と思うと、
また感慨もひとしおです。
ほんの少しでも、この美しい海が、
海が大好きなイワレヒコさんの慰めになったのであれば、うれしいな〜☆

= 語句説明 =
生駒山 大阪府と奈良県の県境にある山
孔舎衛坂
(くさえのさか)
大阪府東大阪市日下町
茅渟の海 大阪府南部、和泉の海の名 大阪府泉南市のあたりだと思われる。
竃山 和歌山市にある竃山神社にある塚は、イツセのお墓だといわれているそうです。もちろん神社のご祭神は彦五瀬命(ひこいつせのみこと)です♪




炎  上   系図はこちら
なんという美しいところだ…
私たちは目を疑った。

孔舎衛坂(くさえのさか)での苦しい戦。
断末魔のあえぎ声と血の匂い。
這々の体で南へ逃れた私たちを冷たい雨が打つ。
そして、兄・イツセの死。

それでも私たちは進む。南へ!
雨は降り止まない。

「イリノ、なんて顔してるんだ。
 そんな顔してたら、天の運もどこかへ行ってしまうぞ。」

調子はずれに明るい兄の声。
この葬列のような行軍の、暗い陰気なムードを救おうとしているのか、芯から軽薄なのか。
今もって私には分からない。
そんな兄の内面に触れる前、誰の目も、その整いすぎた容姿に釘付けになる。
その恵まれた容姿故か、今まで一度も定まった妻を持たず、多くの女たちにかしずかれ、日々を愉快に過ごしている、そんな兄だ。
この遠征でも、どれほどの女を我がものにしてきたか…

「雨のせいですよ、兄上。
 なんてうっとうしんだ!!」

「雨なんて、いつかはやむさ。
 ほら、雨脚も弱まってきたじゃないか。
 西の空もあんなに明るくなって。」

兄が空を見上げると、その美しい姿に天が微笑みかけでもしたように、雨がぱっと上がり、あたりは明るい日の光に満たされた。

そこに、私たちは見たのだ、楽園を!
色とりどりの花が咲き乱れ、日の光に照らされて美しい宮が、楼台が、私たちの前に姿を現した。
これは現実か?
なんという美しい邑だ。
私は目を疑った。



私たちは、邑のほど近くに陣を張った。
前の失敗を繰り返してはいけない。
事は慎重に運ばねば。

毎日のように軍議が開かれる。

「あのように、邑が美しく保たれているということは、
 知行が行き届いている証拠です。
 とてもたやすく破れる相手だとは思えません。
 その上、この兵力では・・・」

皆が口をそろえて言う。
そして沈黙・・・

何ら有効な作戦も立たず、日だけがむなしく過ぎる。

夜になると、明るく楽しげな歌声が遙かに聞こえる。
邑人たちが歌っているのだろう。

彼らの平和を、幸福を破壊する計画を日々練っていることに、
一抹の罪悪感を覚えつつ、私たちは眠りにつく。
イナヒの兄上を除いて。

夜ごと出かける兄。
また、いつものように、うたかたの恋を追っているのだろう。
毎度のことだ。
誰も兄の行動に注目する者などいない。



「イワレヒコさま、今ですっ!
 今こそ、邑に火を放ちましょう。
 今夜は、祭の潔斎のため、邑の男たちは総出しております。
 邑には女たちしかおりませんっ」

いつになく大きな兄上の声に、眠りについていた私は飛び起きた。

「イナヒの兄上。
 どうしてそんなことを知っているのか?」

イワレヒコさまの声も聞こえる。

「イワレヒコさま。
 弓矢でもって戦うことだけが戦ではないのですよ。
 まして、私たちは孔舎衛坂で多くの兵士を失った。
 このお粗末な兵力では、どだい弓矢で戦うことはできないのです。」

「火を放つのか・・・
 あの美しい邑に。」

今夜も邑からは、女たちの楽しそうな歌声が聞こえてくる。
風に乗って聞こえてくるその歌声を聞きながら、イワレヒコさまは天を仰ぐ。

「兄上。
 それより、その情報はどこから仕入れたんですか?
 それを聞かなきゃ、邑に踏み込むことなどできない。
 もしその情報が間違いなら、私たちは全滅だ。」

黙り込んだイワレヒコさまの代わりに、私は兄に尋ねた。

「絶対に間違いのない情報だよ、イリノ。
 情報源は、この邑を治める名草姫だからな。
 王といってもまだほんの少女だがな。」

「兄上。
 いつの間に、そんな王たる姫と懇ろに?」

「イリノ、
 弓矢で戦うことだけが戦ではないとさっき言ったじゃないか。
 私だって戦っているのだ。」

兄は珍しく真顔で言った。

「さあ!
 イワレヒコさま、決断を!!」



風に乗って、炎が邑を這う。
楽園が紅蓮の炎に包まれる。

名草姫イラスト私は兄上の顔をそっとうかがった。
今回の膠着状態を破って道を開いたのは、イナヒの兄上一人の功績だ。
さぞ満足そうな顔をしていると思いきや、
兄は、今まで見たこともない厳しい顔を、炎に向けていた。

「イリノ。
 戦とはむなしいものだな。
 今もあの炎の向こうに名草姫の笑顔が見えるよ。
 彼女は、本当に私を愛してくれたんだ。
 どこの誰とも知れない私を。」

兄上の頬を涙が一筋伝った。
( 続   く )
今回の語り手は、イワレヒコさんのすぐ上の兄、イリノさんです。
すみません〜〜〜(>_<)
先にあやまっちゃいます!
今回のお話は完全にぱいんの妄想です〜(^^ゞ

書紀では、ここは、
「名草邑に着いた。そして名草戸畔という女賊を誅殺した。」
と、たったこれだけのことが書かれているだけです。
経緯などは全く語られていません・・・

確かにイワレヒコの側から見れば、名草ちゃんは女賊かも知れませんが、村の人たちから見たら、大切な女王様だったわけで。
戸畔というのは、蛮族の女酋長といったような意味だそうです。
それではあまりにかわいそうなので、名前は名草姫としました〜(^^)
名草山付近は、いにしえからの有名な景勝地 和歌浦を望める、とても風光明媚なところです。

戦いに疲れ傷つき雨の中を行軍する一行の前に、信じられないような楽園と美しい姫が現れる・・・と、ここは最初に書記を読んだときから、そんな妄想にとりつかれていたんです〜(^_-)

あと、ナガスネヒコとの戦いで多くの兵力を失ったイワレヒコ軍。
なぜ名草邑を攻略することができたのか!
そこに、イナヒさんのエピソードを入れてみました〜♪
(イナヒさんが男前だったなんて、書紀には一言も書いてませんので、誤解のないように〜〜〜)

<ぱいんのつぶやき>

ここは舞台が、まさにぱいんの地元ですので、
ついつい物語に力が入ってしまいます〜(^^)
しつこいと言われるかも知れませんが、
あともう1週、この続きということで、ぱいんの妄想話にお付き合い下さい〜<(_ _)>

名草山は、古代史紀行の「初詣紀行」でご紹介した紀三井寺が建っている山です!
まだご覧でない方は、こちらも合わせてご覧下さい〜☆

あ、それから、ステキなイラストを描いてくれた白鳳さん、ありがとう〜!!

= 語句説明 =
名草姫 名草邑(和歌山市西南の名草山付近)の女王
書紀では「名草戸畔(なくさとべ)」という名で登場。




服  従   系図はこちら
「シイネツヒコ、
 難しく危険な仕事だが、そなた行ってくれるか?
 名草の男を迎えに行ってくれ。」

「もちろんですとも、イワレヒコさま。」

わ〜〜〜い。
私は天にも昇りたい気持ちでイワレヒコさまの命令を聞いた。
こんな重要な任務を私に任せてくれるなんて、私はなんと幸せ者なのだ。

「私たちは、名草邑の男たちが祭の潔斎で留守の間に、
 あの美しかった邑をすべて焼き尽くした。
 王たる姫もろともに。
 敗者は勝者に従うのみ。
 孔舎衛坂(くさえのさか)の戦いで、
 私たちは兵力の多くを失った。
 名草邑の民は、またとない兵力だ。
 だが、男たちが素直に私に従うか…
 怒りにまかせて、そなたを斬ってしまうかも知れない。
 そんな危険な任務だ。 分かっているな?」

「分かってますよ。
 力の限り頑張ります。
 私の力が及ぶかどうかはともかく、
 私はイワレヒコさまのために働くのがうれしいのです。」

「ちょっと待って下さい、イワレヒコさま。
 その役目、私も同行させていただきます。」

誰だぁ?
私がイワレヒコさまから命令を受けたんだぞ。
ちゃちゃを入れるでないっつうに。
私は声の主を睨みつけようとしたが、なんと声の主は、
げげ…イナヒさまだ。

「兄上。あなたはまずい!
 あなたは、名草姫を誘惑し、
 かの邑を滅亡へと誘った張本人だ。
 あなたが行けば、彼らはあなたを生かしてはおくまい。」

「そうかもしれませんなぁ。
 だが、この計画はすべて私一人で為したもの。
 最後まで私に任せていただこう。
 さあ、行くぞ、ウズヒコ。
 いや、シイネツヒコだったな。」

そう言うと、もうイナヒさまは、先に立って歩いていく。
あわててそのあとを追いながら、

「イナヒさま。
 イワレヒコさまの言うとおりですよ。
 いくらなんでもあなたはまずい。
 行けば、生きながら八つ裂きにされるかも知れませんよ。」

「八つ裂き?
 それもいいなぁ。
 そうなれば、名草姫は私を許してくれるかなぁ…
 それよりウズヒコ、
 いつか、私が教えてやった女の口説き方を覚えているか?」

「覚えてますよ。
 あれは効果てきめんだ。」

「ははは…
 私は今日までの命かも知れない。
 そのうち、あれをタギシにも教えてやってくれ。
 あいつは堅物だからなぁ。
 ははははは」

なんて暢気なお人じゃ。



私たちは祭の場に着いた。
男たちは、弓を振り、雄叫びを上げている。

わぁ…めちゃめちゃ怒ってそうだ。
そりゃ、邑ごと焼き払われたんだから、当然といえば当然だが。

「名草の男たちよ。
 そなたたちの邑は灰燼と帰した。
 そなたたちの帰る場所はもうない。
 ましてや束ねる者のない集団は全滅を待つのみ。
 姫も炎の中で死したのであろう。
 そなたたちは、これからは、我らが王、
 イワレヒコさまに仕えるがよいだろう。」

わわわ…言っちゃった。
そんなこと言ったら、殺されるぞぉ…

一番年かさの男が、弓矢を手に進み出た。

「イナヒ殿。
 あなたの行為は許し難い。
 卑劣だ。
 だが、私の元に、昨夜姫が現れた。
 そして、私たちに言った。
 自分は間もなく儚くなるから、その後は、イナヒさまに従えと。
 そして幻のように去って行ったのだ。
 あなたが我が邑に犯した罪は許せない。
 だが、あなたは、女たちの退路となる方向には、
 決して火が回らないよう、
 風向きをはかり、慎重に火を放った。
 おかげで、死傷者は最小限に留まった。
 だから、イナヒ殿。
 我々は、姫の最期の命令に従う。
 あなたに従うと決めた。」

「それは困るなぁ。」

いいじゃないですか。
とにもかくにも従うって言ってるんだから。
今、彼らをこれ以上怒らせたらまずいって。
それにしても、そんな周到な準備をしていたなんて、イナヒさまを見直したぞ。
ただの女たらしじゃなかったんだ。

「私はもうすぐ姫の元に行く。
 だから、私に従ってくれても困るのだよ。
 我が王、イワレヒコさまに従ってくれ。」

え?
姫の元に行くって、イナヒさま?

私はイナヒさまの言葉に一抹の胸騒ぎを覚えつつ、それでも、これでナガスネヒコとの戦いで失った兵力を補えると、ほっと胸をなで下ろしたのだった。
( 続   く )
今回の語り手は、ウズヒコくんです。
このところ、ずっと暗いお話が続いていて、今回も決して明るいお話ではありません。あまり毎週暗くなるのもなんなので、語り手だけは、楽天家で脳天気なウズヒコくんにしてみました〜(^^ゞ
少しでも暗い雰囲気が救われればうれしいのですが・・・

この名草邑との戦いですが、ナガスネヒコとの戦闘で少なからず戦力を失ってしまったイワレヒコ一行が、なぜに、あえて名草邑と戦わなければならなかったのか・・・?

イワレヒコ一行の目的はあくまで大和だったわけで、地理的に見ても、この名草邑がそれに立ちはだかっていたとは思えません。
ちょっと恐ろしい想像ですが、ぱいんは、この戦は、兵力や食料、武器などを奪わんがための略奪戦争だと感じてしまったんです・・・

名草の人々を遠征軍に加えるためには、名草邑を灰にし、姫には死んでもらう必要があったというわけです。でなければ、海の幸にも恵まれ、風光明媚な名草邑、そこで姫を中心に穏やかに暮らしていたであろう人々が、イワレヒコに従って、遠征に加わるとは思えません。

まあ、真偽のほどは謎ですけど、ともあれ、これからは、名草邑の人たちを含む神武軍、さらに遠征は続きます。

<ぱいんのつぶやき>

本当に戦って悲しいものですね・・・
イワレヒコ軍にとっては、それなりの正義があっての東征なのでしょうが、
それによって、傷つけられたり、死んでしまう側にとってはただの侵略軍です。
ともあれ、名草邑の人々を加えた神武軍の遠征はさらに続きます。
そして悲劇も・・・
また次回もご覧いただければうれしいです♪




難  破   系図はこちら
私たちは名草邑の男女も含めて、再び軍備を整え、南に進んだ。
しかし、いったいどこまで行くのじゃぁ…?
南の果ての海が見えてきたぞ。
イワレヒコさまは、何を考えておいでだ?

「イワレヒコさま、いったいどこまで行くおつもりです?
 ナガスネヒコを、南より討つのであれば、
 もう充分なのではないですか?」

私は恐れ多くも、イワレヒコさまに声をかけた。

「ウズヒ…いや、シイネツヒコよ。」
どうも、私にはシイネツヒコという名前は似合わないらしい。
肝心の名付け親のイワレヒコさままでこうだもんな…
まっ、それはいいか〜

「シイネツヒコよ、
 私はこの東征で、兄イツセを失った。
 名草邑では、楽園のようであったかの邑を焼いた。
 不吉なことを言うようだが、
 この遠征が、神の祝福を受けたものであるのかどうか、
 自信が持てなくなったのだ。」

「何をおっしゃいます、イワレヒコさま。
 あなた様がお決めになったことに、
 間違いなどあるはずがないではないですか!」

イワレヒコさまは、それには答えず、私の顔を見て苦笑した。

私たちはさらに進み、伝説の神の岩がおわす神邑(みわのむら)に着いた。

「この山は、神の岩がおわす天磐盾(あまのいわたて)だ。
 いざ登ろう!
 私は神に相見えたいのだ。
 さすれば、この苦しい戦も是とすることができよう!」
イワレヒコさまの声。

神の岩?
なんじゃそれは?
ホントにそんなものがあるのかいな?

私たちは険しい山を登った。
そして、そこに見た!!
イワレヒコさまのおっしゃる通り、そこに神がいたのだ!
神々しいまでの巨石。
まさに神宿る石だ!!

「私はどんな苦難が待ち受けようとも、
 必ずや東征を成し遂げるぞーーーっ」

イワレヒコさまが高らかに言挙をした。



天磐盾から降りた私たちは、今度は海路をとった。

ゲボッ、ゲロゲロゲロ・・・
なんという揺れだ。
海には慣れ親しんだ私なのに、不覚にも酔っているではないか。
それもひどい船酔いだ。

グラッ・・・
いやいや酔っている場合ではない。
船がかしいでいる。
だめだぁーーーっ
難破するぞー!

「神よ。
 私が鋤持(さいもち)となりましょう。
 どうか、海を沈めたまえー!」

そう言うやいなや、イナヒさまが嵐の海に飛び込んだ。

「これで、名草姫の元に行けるよ。」
と、私に微笑んで。
え?
イナヒさま、こういうことだったのか!
あなた様は、イワレヒコさまの東征の前に、握りつぶさなければならなかった姫の命に殉じるつもりでいたのか…

なのに、まだ嵐はおさまらない。
船酔いなどという生やさしいもんじゃない。
私は死を覚悟した。

「イワレヒコさま、私が行きます。
 私が神の怒りを静めましょう!」

「何を言われる、イリノの兄上。
 イツセの兄上、そしてイナヒの兄上を失って、
 兄上まで失っては、私は一人になってしまうではありませんかっ」

「イワレヒコさま、そうではありません!
 我々の祖母君も母上も海神の娘ではないですか。
 私が行って、あのお優しかった母上に、
 イワレヒコさまの行軍に幸あれとお願いするのです。
 私は死ぬのではありません。
 これからもずっと海の宮より、
 我らが愛する弟、あなたの行軍を見守っていますよ。
 私は、イツセの兄上と約束したのです。
 何があってもあなたを守ると。」

そう言うやいなや、イリノさままでが海に飛び込んだ。
これでダメなら、私も飛び込むぞー
私も命をかけて海の神に、浪が凪ぐようお願いするのだっ

が、イリノさまが飛び込んでしばらくすると、
嵐はぴたりとおさまり、
海は鏡の面のように凪いだ。
助かった・・・
(皇軍の苦戦 完)
今回も語り手は、ウズヒコくんです。
先のナガスネヒコとの戦いで、長兄・イツセを失ったイワレヒコ一行、今回は荒れた海で、残った二人の兄も失ってしまいます・・・
かなりシリアスなシーンなので、あまりにも深刻な雰囲気を、ウズヒコくんの語りで、少しでも和らげることができたら…と思っています。

今回のイワレヒコの行程ですが、ぱいんは、かなりの疑問を持ちながら、その疑問を解決できないまま、この物語を書きました…(すみません)

前回、名草姫と戦った名草邑から、この和歌山県の南部まではかなりの道のりです。最後の目的地が「大和」なら、なぜ、こんな大回りをする必要があったのでしょうか…?

それと、最期にイナヒが言った「鋤持(さいもち)」という言葉ですが、これも、その意味が分からなくて、今回のお話では、いわば、海の神の怒りを静めるための「生け贄」といったような意味合いで書きました・・・

わっ! なんだか、言い訳ばっかりですね〜(^^ゞ

今回、物語に登場した「神邑」や「天磐盾」については、古代史紀行「熊野紀行」も、合わせてご覧下さいませ〜〜〜<(_ _)>

<ぱいんのつぶやき>

今回で、「皇軍の苦戦」の章は最終回です〜!
イワレヒコにとっては、つらい出来事の連続でしたね・・・
次章も、決して平坦な道のりではありません。
でも、次週は、ちょっと懐かしい「あの人」を登場させたいと思っています。
どうぞ、お楽しみに〜〜〜♪


= 語句説明 =
神邑
(みわのむら)
現在の和歌山県新宮市のあたり。三輪崎(みわさき)という地名があるので、このあたりではないかと言われている。
天磐盾
(あまのいわたて)
和歌山県新宮市にある神倉神社を指すと言われている。
ご神体として、巨石・ゴトビキ岩がある。

フツノミタマとヤタガラスへ


日本書紀トップへ

ホームへ