フツノミタマ
「一大事でござる〜〜〜!」

息せき切って駆けつけた私に、

「毎日毎日そんな大声を出していては、
 体に障りますよ。
 オモイカネ殿も、もう若くはないのですから。」

アマテラスさまが穏やかに答える。

「そもそも、イワレヒコが東征を決意してより、
 日々、『一大事』の連続ではありませんか。
 して、今度はいったい何があったのです?」

「アマテラスさま、
 今度こそ、皇軍はダメやも知れませぬ。
 あの嵐で、イナヒ殿、イリノ殿と兄たちを失いながらも、
 なんとか、タギシ殿とイワレヒコ殿は、
 無事に、荒坂津(あらさかのつ)にたどり着きはしたのですが・・・」

「して?」
さすがに先を言いよどむ私をアマテラスさまが促した。

「イワレヒコ殿も、さすがに兄たちを失ったのが堪えたのでしょうなぁ…
 海でかなりの戦力を失ったというのに、
 その少ない戦力で、いきなり丹敷邑(にしきむら)を攻略せんとしたのです。
 正気の沙汰とは思えませんぬ。」

「イワレヒコは無事なのですか?」

「なんとか、丹敷邑の王、丹敷姫は誅殺したのござりまするが、
 その後、姫が放った毒気によって、
 イワレヒコ殿以下、兵士一同、
 こぞって病み伏しているのでござりまするーっ」

「そのような面妖なことが・・・
 姫は、あやかしの術でも使うのですか?」

「熊野は、いわば国神(くにつかみ)の聖地。
 一歩足を踏み入れれば、どのようなことが起こるか、
 私にも想像のつかないところなのでござります。」

「私が綿密な謀をめぐらせたところ・・・」
いつの間にか、アマテラスさまの後ろにいたタケミカヅチ神が言う。
な、なにー!
これは、私のセリフではないかっ

「タケミカヅチ殿、
 そなたがまた、葦原中国(あしはらなかつくに)に降りてくれるのか?」

「いいえ、アマテラスさま。
 私が参りませんでも、
 私が国を平らげた剣を下せば、
 国は自然に平らぐことと存じます。」

ほぉ〜
かつての『タケミカヅチ坊や』も変わったものだのぉ〜
血気盛んでやんちゃなタケミカヅチ神を、アメノウズメ殿は、こっそりそう呼んでおった。
ウズメ殿はお元気かのぉ〜

「オモイカネ殿?
 聞いているのですか?
 タケミカヅチが持っている剣を、
 いかにして、イワレヒコに届けるかの算段は?」

「それはご心配には及びませんよ、アマテラスさま。
 タケミカヅチ殿がお持ちの剣、フツノミタマは霊剣でござりますから、
 剣の行く先は、剣自身が知っているのでござりまする。
 さあ、タケミカヅチ殿、剣を下されよ!」

私の言葉に頷いた、かつてのタケミカヅチ坊やは、
今は壮年の落ち着いた声で、

「私の剣はフツノミタマという。
 私は今、この剣を、お前の倉の中に置こう。
 おまえは、必ずや、この剣をイワレヒコさまに献上するのだ。」

と言うと、剣を遙か下の地上へと投げた。

「はいはい。」
地上で、人の良さそうな男の声が答えた。
剣は、どうも自分の行き先を決めたようじゃ。
さて、これでイワレヒコ殿が目覚めてくれるといいのじゃが…
男の声が多少眠たげなのが気になるのぉ〜
本当にこの男でいいのやら・・・
( 続   く )
今回の語り手は、先週ちょこっと予告いたしました、あの懐かしいオモイカネさんです! でも、実は、書紀本文では、もうオモイカネさんの登場はないのです… でも、高天原といったら、やはりこの人ですよね〜(^_-)

えっと、今回登場する「
荒坂津(あらさかのつ)」や「丹敷邑(にしきむら)」という地名ですが、これがどこであったか、はっきりしたことは分からないそうです。和歌山県勝浦市には、荒坂津神社という神社や、丹敷温泉という温泉がありますので、そのあたりではないかという説もありますが、それでは、船出した天磐盾(←神倉神社といわれている)の、すぐ近くですので、せっかく船出したものの、船が押し戻されたということになります…
他に、荒坂津については、三重県熊野市の二木島「楯ケ崎」であるという説もあります。だとすると、丹敷邑も、二木島のあたりということになりますね〜(^^ゞ

<ぱいんのつぶやき>

なんだか、こうして読むと、
高天原って、相変わらず平和だなぁ〜と思いません?
だって、葦原中国平定の章でも、
復命をしなかった天稚彦を8年間も放置していたくらいですもんねー!




フツノミタマ  系図はこちら
「はいはい。」

「?」

「はいはい。」

「???」

「分かりました。
 フツノミタマは、
 必ずや私がイワレヒコさまにお届けしましょう。
 むにゃ・・・むにゃ・・・」

「あなた?
 あなた、何をおっしゃっているんです?
 起きて下さいよ。
 なに寝ぼけているんです?」

え?
なに?
私は夢を見ていたのか・・・?
私の前にいるのは、絢爛たる美女アマテラスさまではなくて、しどけなく寝乱れた古女房殿ではないか!

いや・・・それにしても夢にしてはリアルな・・・

私は倉へと急いだ。
まさかとは思うが・・・
妻も、ぶつぶつ言いながら付いてくる。

「あなた?
 こんな朝早くから、倉など見てどうするのです?」

「アマテラスさまとタケミカヅチさまがなぁ、
 あと、あの声の大きな男はなんという名だっけ?」

「アマテラスさま?
 いったいそれは誰なのです?」

妻の問いには答えず、
「ほれ、
 この間から、あたりを騒がせている男、
 あの男、確か、名はイワレヒコと言ったよなぁ?」
と、私は妻に問うた。

「ええ。確かそんな名だったような・・・
 この間は、丹敷邑が襲われたとか。
 あわれや、王は無惨な最期だったと聞きましたよ。」

「丹敷邑の王は、女王だったと聞くが・・・」

「おかわいそうに・・・
 女といえども王は王。
 真っ先に血祭りに上げられたとか・・・
 でも、罰が当たったんでしょうか、
 侵略軍の方も、
 なぜか、みんな病に倒れていると聞いています。」

「おぉ…さすがそなたじゃ。
 いつものうわさ話も、たまには役に立つというわけか。」

「まあ! 失礼な・・・」

子供たちもすでにそれぞれ成人し、暇を持て余している妻は、近隣のうわさ話に余念がない。

「あなた、気をつけて下さいよ。
 この間も倉の階(きざはし)を踏み外したじゃないですか!」

「バカを言え。
 そこまでは、ボケてないわい。」

私は倉の階を上り、高床になっている倉の扉を開けた。
妻もあとから付いてくる。

「えぇーーーっ?
 あなた!
 あんなところに、剣なんか置いてありましたっけ?」

見ると、床には、一振りの剣が逆さまに突き立っている。
夢で見たとおり・・・
霊剣フツノミタマだ!!

「さあ、
 これをイワレヒコさまに届けるぞ!!」

「えぇ…?
 なんで、あの男に?」

「イワレヒコさまの軍は、
 一軍そろって、病に伏しているんだろう?」

「そりゃ、そうですけど・・・
 丹敷邑では、山の幸が、わんさか倉に入っていたとか…
 どうせ、その中にあった毒キノコでも食べたんじゃないですか?
 そんな、剣を持ってったって、なんの役にも立ちはしませんよ。
 なにより、なんで、あなたがかの軍を助けなければならないのです?」

「そりゃそうだが・・・
 だが、この剣は、どう見たってただの剣じゃないぞ。
 やはり、私の夢は正夢だったのだ。
 第一、こんな剣、私が持っていても使い道もない。
 とにかく、届けるだけ届けてくるとしよう。」

妻も、宝飾類ならいざ知らず、剣などには元々興味がなかったのか、不承不承頷いた。



「気を付けて行ってきて下さいよ。
 侵略軍はひどく残忍だとのこと。
 もし襲われるようなことがあったら、
 そんな剣は放り出して逃げてくるんですよ!」

くどく言いつのる妻の言葉を聞き流し、私は、イワレヒコさまの軍が病み伏して倒れているという場所にたどり着いた。

こりゃひどい!!
無数の兵が倒れている。
もはや屍ではないのか・・・?

しかし、こう大勢倒れてちゃ、どのお人がイワレヒコさまか分からないなぁ…
とりあえず、そのあたりの誰かを起こすとするか。

「もしもし。
 私は、高倉下(たかくらじ)と申す者です。
 アマテラスさまよりお預かりした、
 霊剣フツノミタマをお届けに参りました。
 起きて下さいよー」

ゆさゆさと体を揺すると、やはり死んでいたのではないらしい。
男はゆっくりと目を開けた。
まだ焦点は定まらないものの、私の持っている剣が目に入ったらしい。

「敵か!?
 我が軍に仇為す者は容赦はせぬ!」
男は跳ね起きた。

「いえいえ。
 仇為すなどととんでもない。
 私は、アマテラスさまより授かった剣をお届けしただけです。」

「アマテラスさまだとぉ!
 そなたなどが、アマテラスさまにお目にかかれるはずが・・・」

が、男は、剣を見たとたん、言葉を飲み込んだ。
誰が見ても、一目で霊剣と分かるこの剣。

「子細は分からぬが、
 天神アマテラスさまが、我々の苦戦を見て、
 手をお貸し下さったんだな。
 この剣を見ていると、
 今まで重く立ちこめていた頭の霧が、
 ウソのように晴れていくのが分かる。
 イワレヒコさま、イワレヒコさまーーーっ
 天神アマテラスさまが、
 フツノミタマを遣わして下さいましたぞーっ」

男が叫ぶと、霊剣がきらりと光り、その光が倒れている兵たちの上に降り注いだ。
そして、一人の男が立ち上がった。

「おぉ…ヒノオミか。
 私は、なぜこんなに長寝をしていたのか…」

「イワレヒコさま、お気が付かれましたかっ!
 もう、丹敷戸畔(にしきとべ)の毒気は、抜けましたぞ!!」

さらに剣は、あたりを照らし、毒気にあてられた兵士は、すべて目覚めて起き出した。

「この者が、剣を届けてくれたのです。」

「おお、それはご苦労であった。
 名はなんと申す?」

「私は当地の国神、高倉下(たかくらじ)と申す者でございます。」
私は答えた。

……さすがはアマテラスさまだ。
……フツノミタマは、タケミカヅチ神が葦原中国を制した折りの霊剣だそうな…
などなど、目を覚ました兵士たちのささやきが聞こえる。

『眠り茸など、3日もすれば誰でも目を覚ますはず。
 剣の力などではありませんよ。
 まあ、たちのよくないキノコではなかったというわけですわね。』

帰ると、妻はそう言うだろうなぁ・・・
用の済んだ私は、いかにも現実的な妻のことを考えながら家路を急いだ。
なんとはなしに、笑みがこぼれた。
( 続   く )
今回の語り手は、高天原から放たれた霊剣・フツノミタマを受け取った人物、高倉下(たかくらじ)さんですー! 彼については、当地に住んでいた、ごく普通の善良なおじさん!というノリで書いています〜☆
(実際はどんな人物だったのでしょう?)
彼の妻については、ぱいんの創作です〜(^^ゞ
まぁ、女性は現実的だということで!

書紀では、イワレヒコ一行が病に伏してしまったのは、丹敷戸畔の放った毒気のせいだとか書かれていますが、実際には、イワレヒコさん一行、どうして、こぞって病に倒れてしまったんでしょうね〜 案外、高倉下の奥さんの言うように、倉にあった毒キノコ・眠り茸を食べてしまったのかも〜☆

高倉下さんは、この功績からでしょうか。
和歌山県新宮市の
神倉神社に、ご祭神として祀られてるんですよ〜♪
               ↑
      イワレヒコが登った
天磐盾と言われているところです!

<ぱいんのつぶやき>

ドラマティック日本書紀は、登場人物がめまぐるしく変わるので、
やっと馴染んで、系譜が頭に入った頃には、
もうお話が飛んじゃってますよね・・・
もし分かりにくいところがありましたら、遠慮なく指摘して下さいね。

= 語句説明 =
ヒノオミ
(後の道臣)
大伴氏の遠祖
その功により「道臣」の名を授けられる。




ヤタガラス 系図はこちら
「皆の者ーっ
 安心するがよい!
 昨夜、私の夢に天神アマテラスさまが現れた。
 これで、なにも憂えることもないー
 我々は無事進軍できるであろうーーーっ!」

父上の力強い言挙げをよそに、私はそっと部屋を抜け出した。

「あれ? タギシさま?
 軍議の最中に抜け出していいんですか?」

ヒノオミか・・・
 そなた、どう思う?
 我々の軍は呪われてると思わないか?」

私は、大来目(おおくめ)という一軍を任され、表を警護しているヒノオミに尋ねた。

「これはまた不吉なことを・・・
 イワレヒコさまの言挙げは表にまで聞こえてましたよ。
 イワレヒコさまが、あのような言挙げをなさるからには、
 きっと勝算があるに違いありません。」

「そなたといい、ウズヒコといい、
 どうして皆、そう楽観できるのだ?
 フツノミタマのおかげで、眠りから覚めたはいいが、
 いよいよ、南よりナガスネヒコを討つということで、
 山中に入ったものの、この山はあまりに深い。
 今じゃ、進路も分からなくなって、
 毎日、山中を彷徨っているだけではないか!
 進むこともできぬ。
 かといって退くことも・・・」

「しかし、アマテラスさまが道案内を遣わして下さるのでしょう?
 私はそう伺いましたが・・・」

「今回だけではない。
 この遠征中に何人の人が死んだと思う?
 一緒に出発した叔父上たちだって、
 みんな、いなくなってしまわれたじゃないか…っ!」

「確かに、イツセさまは、お気の毒にも戦死されましたが、
 イナヒさま、イリノさまは、
 母上様の御許に、常世国(とこよのくに)に参られたのじゃないですか?」

「それは詭弁だ!
 そなただって、叔父上たちが、父の東征の野望のために、
 犠牲になったと分かっているはずだ!!
 それだけじゃない・・・
 私は、名草姫の悲劇も、
 丹敷戸畔の断末魔のうめきも、忘れることなど出来ない。」

「タギシさま、あなたは真面目すぎる・・・」

「そうだろうか・・・
 ここに閉じこめられていることが何よりの証拠ではないか?
 私たちは罰を受けたのだ。
 もはや、ここから抜け出すことはできず、
 ここで朽ち果ててしまうだろう・・・」

やれやれという、大きなため息をついたヒノオミは、

「この山中、女もいないようじゃ、
 気の滅入るのも分かります。
 ここから脱出したら、
 ほれ、あのイナヒさま直伝の、あの方法で、
 美しい姫をお口説きなさい。
 あれは、百発百中だとウズヒコが言ってましたぞ。
 かくいう私も、こっそり教えてもらったんですよ。」

ふふふ・・・と含み笑いをして、
なんとも、的はずれなことを、ヒノオミは言った。
私はガックリと肩を落とした。



それから数日がたっても、やはり私たちはこの山中を抜け出すことはできない。
アマテラスさまからの使いも現れない。

山中のこと、木の実や獣などを獲っていれば、飢える心配はなかったが、さすがに誰の顔にも焦燥が浮かんできた。

そんなある日、
「イワレヒコさまーっ タギシさまーーーっ!」
ヒノオミが叫ぶ声が聞こえる。

私たちは、表に出て、ヒノオミの指さす方を見た。
???
あれは・・・?

「ご覧になって下さいイワレヒコさま、あのカラスを。
 よく見れば、足が3本の、なんとも奇妙なカラスです。
 あのカラスが、アマテラスさまの使いなのでは・・・?」

「おぉ・・・まさにその通りだ。
 アマテラスさまは、おっしゃった。
 『頭八咫烏(やたがらす)を遣わすから、これを先導者とするがよかろう』と。
 そうか・・・あのカラスが頭八咫烏か・・・!」

私は目を疑った。
あのように不思議な鳥が・・・?
丹敷戸畔の毒気にあてられたときも、アマテラスさまはフツノミタマを遣わして下さった。
私たちの軍は、呪われていたのではなかったのか…
天神は、我らの行軍を祝福して下さってるのだろうか…

「この烏が来たのは瑞夢のとおりである。
 大きくもまた盛んな天神の御徳よ!
 神はこうして天つ日つぎの大業を助けて下さるのであろうか!」

父もまた、喜びのあまり、
地にひれ伏し、天神をたたえ尊んだ。

「私が、頭八咫烏の先導に従い、
 道を開きましょう!」

「おお、ヒノオミか!
 よく言った!!
 そなたが、大来目を率い、
 必ずや、この山中を脱出するのだー!」

ヒノオミは、進軍した。
山を踏み開いて、頭八咫烏の向かうままに、これを仰ぎ見ながら追跡していった。
木の枝を払い、彼らの軍が通ったあとには道ができた。
私たちもあとを追った。

そして、私たちはついに菟田下県(うだのしもつこおり)に着いた。

「ヒノオミよ。
 お前は忠誠と武勇を兼ね、
 またよく先導の功を立てた。
 よって、お前の名を改めて道臣(みちのおみ)としよう!」

「ははーーーっ」
道臣は父にひれ伏した。

頭上では、真っ青な空を頭八咫烏が悠々と飛んでいた。
( ヤタガラス 完 )
今回の語り手は、久しぶりにイワレヒコさんの息子、タギシ君です〜!
相変わらず、ちょっと暗めのキャラですね・・・
今回は、このタギシ君がうだうだ言ってるところを除いて、ほとんど書紀のストーリー通りで、ほとんど妄想はなしです〜(^^ゞ
ちょっと淋しいです〜〜〜

菟田下県(うだのしもつこおり)については、ぱいんの持っている日本書紀には、特に注釈がなかったんですけど、奈良県宇陀郡のあたりだと思われます☆

<ぱいんのつぶやき>

イワレヒコさんの従者は、きっとたくさんいたのでしょうが、
ヒノオミやウズヒコくんの登場が多いですね〜!
きっと、考察の得意な方は、
こんなところで、いろいろな発見をなさるのでしょうね〜(^^ゞ
「兄猾・弟猾」に続く )

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